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[レポート]三溪園 観月会【三溪園】



横浜・三溪園で毎年恒例となっている「観月会」に参加した。通常午後5時で閉園となる園内を午後9時まで楽しむことができる。

三渓園は生糸貿易により財を成した実業家・原三溪によって、明治39(1906)年に公開された。東京ドーム4個分に及ぶ広い園内には、京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配されている。それらの建物のライトアップされた姿を見ることができるも、この観月会の楽しみの一つである。

早速、三溪園と書かれた提灯が掲げら得ている正門から園内に入る。入場口で、撮影スポット、月の出る方向など充実した内容の観月会の見所マップも配られていたので、手にとって中に進んだ。



正門から進むと正面に大池が広がっている。大池の手前側には木舟が繋がれ、奥には三溪園のシンボルである旧燈明寺三重塔が聳え立ち、それぞれライトアップされており、大池の水面にもその姿を映している。

この日(令和3(2021)年9月19日(日)は、前日の台風の影響による大雨が嘘のように晴れていて、連休の中日ということもあり、多くの人が足を運んでいたが、写真撮影に困るほどの混み方ではなかった。



大池を左に見ながら、蓮池・睡蓮池との間を進むと、徐々に旧燈明寺三重塔が近づいてきて、その存在感に圧倒される。三渓園のシンボルであることに変わりはないが、ライトアップにより、日中とは違う表情を見せ、さらにそのシンボル性が高まっているように見える。

旧燈明寺三重塔は室町時代の康正3(1457)年に建てられた園内の最古の建造物とされ、大正3(1914)年、現在の京都府木津川市の燈明寺から移築され、昭和6(1931)年には国指定重要文化財に指定されている。



右手を見ると、ライトアップされた鶴翔閣が見える。鶴翔閣は三溪園にある歴史的建造物のなかでも際立って大きな規模を誇り、その名称は鶴が飛翔する印象の外観に由来するといわれている。明治35(1902)年に原三溪が自らの住まいとして建て、以後20年にわたる三溪園造成の足がかりとなった。。震災・戦災などをへて多くの改変がなされていたが、平成10(1998)年には横浜市指定文化財に指定され、同年から平成12(200)年にかけて修復工事が行われ、建築当初の姿に復元された。現在では、ウェディングなど様々なイベントの会場にも使用されている。観月会では内部に立ち入ることができないが、ライトアップにより、さらに強調された威風堂々たる姿を見ることができる。



鶴翔閣を過ぎた先の右手は三溪園内苑の入口となっている。今回の観月会では内苑の公開は御門とその先の白雲邸脇まで。御門は京都西方寺に江戸時代・宝永5(1708)年頃に建築され大正時代に三渓園に移築された薬医門。平成元(1989)年に市指定文化財に指定されている。三溪園と大きく墨書された提灯が両側に掲げられていて、内苑が暗くなっているぶん、余計に門が際立ち、夜会などで客人を迎えたであろう往時の様子を彷彿とさせられる。



内苑を出る手前に横浜元町香炉庵の出店がでており、三溪園土産でお馴染みの、原三溪が考案した図柄「四弁花文」をあしらった薄皮生地で、求肥と餡を包んだ「三溪園花文合わせ」やどら焼きが売られていた。



内苑を出た先には月影の茶屋を挟んで、三溪園茶寮と雁ヶ音茶屋の2軒の食事処がある。観月会では、「満月善」(三溪園茶寮)や「うさぎソフト」(雁ヶ音茶屋)など月に月見にちなんだ限定メニューが提供されることもあって大いに賑わっており、さながらお祭りの夜店のようである。



茶屋の前を過ぎると、旧燈明寺本堂で行われている、演奏会の音楽が聴こえてくるが、ひとまずは三溪園南側の最深部にある旧矢箆原家住宅に向かう。旧矢箆原家住宅は飛騨白川郷の一部、現在の高山市荘川町にあった、江戸時代後期の入母屋合掌造りの民家で、御母衣ダム建設の水没地域にあったため、昭和35(1960)年に三溪園に移築された。昭和31(1956)年、国指定重要文化財に指定されている。

建物全体をライトアップしているのではなく、効果的に内部からの照明を使って、民家の帳(とばり)のような雰囲気が醸し出されている。



旧矢箆原家住宅の一角に、三方に載せられた月見団子とススキ・彼岸花の十五夜飾りが月に向けられて飾られていた。



旧矢箆原家住宅を出て待春軒に向かう左手に、ライトアップされ漆黒の中で浮かび上がる横笛庵が見える。横笛庵は明治41(1908)年に三溪園に移築された田舎風の草庵。奈良・法華寺からの移築とも言われるが、詳細は不明とのこと。日中は目立ちにくい、こうした歴史的建造物が引き立つのも、夜間公開におけるライトアップの良さでもある。



横笛庵を過ぎた先には、食事処・待春軒がある。三溪そぼが名物の待春軒だが、ここでも観月会限定メニューの「お月見そば・うどん」が提供されており、多くの客で賑わっていた。

待春軒の旧燈明寺本堂側の席は事前申込制の有料指定席となっており、食事しながら演奏を楽しむことができる。ゆったりと演奏を楽しみたい方にお勧めである。



旧燈明寺本堂の演奏会場では、既に演奏が佳境を迎えていた。この日は琴による箏曲の演奏。「荒城の月」や「落葉の踊り」などの月見や秋に関係する楽曲のほか、最新のヒット曲を演奏し、観客を楽しませていた。

旧燈明寺本堂は室町時代・康正3(1457)年、京都・燈明寺に建てられ、昭和62(1987)年にさんけいえんに移築された。大正10(1921)年に国指定重要文化財に指定されている。



演奏会を楽しんだ後、三溪園東側、ちょうど中秋の名月の時には満月の真下になる場所に鎮座する三溪園天満宮にお参りし、三渓園・観月会を後にした。

園内の歴史的建造物の改修工事や、新型コロナウィルス緊急事態宣言下での開催など、多くの制約条件があった今回の観月会だが、事前予約制の有料席の導入など、様々な工夫があり、これまでの観月会とは違った新たな魅力も体験することができた。今後のイベントも楽しみである。



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