• heritagetimes

[歴湯_04]箱根芦ノ湖畔「龍宮殿本館」

更新日:2021年1月9日


箱根芦ノ湖畔に佇む「龍宮殿本館」。車で市街地から箱根に向かい、芦ノ湖に突き当たってから湖に沿って箱根神社方面へ向かい、箱根神社、山のホテルをすぎた先の箱根園の手前にたどり着くと、大きく「絶景日帰り温泉 龍宮田本館」と書かれた看板がある。車を駐車場に入れようとその奥に目を向けると、威風堂々たる「龍宮殿本館」が見える。

伝統と格式のある施設に相応しい大きな正面玄関で下足を預け、フロントで手続きを済ませると浴場のロッカーの鍵を渡される。浴場は男女ともに奥にあるため先に進むと正面に豪華な木の階段がそびえる。

「階段」に「そびえる」という動詞を使うことはあまりないが、率直な感想である。違和感を感じた方は是非一度その目で確かめていただきたい。

大階段のあるロビーには、龍宮殿本館を紹介する展示が並べられている。

その解説によると、龍宮殿本館は、昭和13(1938)年、飛島組( 現在の飛島建設) の社長であった飛島繁が静岡県の浜名湖にある景勝地・弁天島に開業した「浜名湖ホテル」を昭和32(1957)年に芦ノ湖畔に移築した建物である。

「浜名湖ホテル」は、浜名湖の開発に携わった飛島氏が、自身の趣味趣向を存分に取り入れ、 外観は宇治の平等院をモデルにし、規模はその約2.7 倍の大きさで設計され、着工か竣工まで2 年を要した。材料はすべてに最高級のものが厳選され、木材もケヤキやヒノキなどがふんだんに使われてい建物外観は純和風でありながら、客室はすべてベッドを備えた洋室、食事はフランス料理という先進的なスタイルであったと言う。

しかしこのホテルは、高級指向であったことや戦時体制であった時代背景もあり、経営に関してはあまりうまくはいかずに、創業からわずか1 年半後の昭和14(1939)年10 月、休業することなる。戦時中は県や軍部の所属施設となり、終戦後は浜名湖の畔に廃屋としてひっそりとたたずんでいた。

そうした折、浜名湖畔から芦ノ湖畔への移築が決まり、解体作業に5か月、解体材の仕分作業に約半年間、再建築に一年以上をかけて移築され、昭和32(1957)年、箱根プリンスホテル和風別館「龍宮殿」となった。

移築時に玄関の位置が変更(従来の玄関は現在芦ノ湖畔を向いている)や洋室はすべて畳敷きとなり、純和風に生まれ変わの和室化などの変更はある龍宮殿の外観や間取り自体は浜名湖ホテル当時のままで、現在でも創建時の技術者の丁寧な仕事ぶりを確認することができる。

昭和49 (1974)年から昭和51(1976)年の大規模改修、平成2 (1990)年の新館(別館)建築を経て平成29(2017)年には日帰り温泉としてリニューアルオープンしたが、その外観は往時の姿を留めており、同年、国の登録有形文化財となっている。

一通り展示の内容を確認した後、浴場に向かった。浴場は本館と別館の間にある。内装は往時の雰囲気はそのままに、現代風にしっかりリニューアルされており、古めかしさを感じることはない。

脱衣を済ませ浴場に進むと、目の前に芦ノ湖のダイナミックなパノラマが広がっている。「絶景日帰り温泉」の名に偽りはない。しばらく湯に浸かり、景色を眺めていると、芦ノ湖の観光遊覧船が眼下を通る。

龍宮殿本館に引かれている温泉は、駒ケ岳の西麓、標高725mから900mに位置する蛸川温泉。戦前からこの地に温泉は湧かないとされてきましたが、昭和62(1987)年に温泉が噴出し、平成5(1993)年に「箱根十七湯」に仲間入りした。

内風呂、露天風呂、サウナと2巡ほどしてしっかりとあったまった後は、男女兼用の湯休み処「聚楽」で一休み。畳敷きの座敷と、ゆったりした椅子やロッキングチェアーまで並べられており、うっかりするとうとうとしながら時の流れを忘れてしまいそうだ。館内には個室や食事処、マッサージルームもある。まったり1日過ごすつもりで立ち寄るのも良いだろう。

後でフロントで聞いてわかったが、施設内から、宇治平等院を模したという建物の全景を見ることはできず、浴場から見えた、あの遊覧船から見るのがいちばん良いとのこと。次回は是非、挑戦したい。


閲覧数:39回0件のコメント