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[歴鉄_13]横浜市電1156号 | 横浜市・久良岐公園


横浜市電1150型は、間接制御方式・防振台車を採用し、高加減速や振動・騒音抑制が実現した好評を博した1500型と同型の車体としつつ製造費を押さえた車両として、昭和30(1955)年までに計22両が製造され、各車庫に配置、全区間で活躍した。

横浜市電1156号は、昭和27(1952)年、ナニワ工機会(アルナ工機)(または宇都宮車両)で製造された1150型10両のうちの1両で、新車であるが、老朽化により廃車となる横浜市電820号の名義を書き換える形で登録された。

昭和31(1956)年に井土ヶ谷線が開業した際には「祝賀電車」として、また、昭和41(1966)年の、生麦・中央市場線廃止の際には「長い間ご乗車ありがとうございました」というメッセージが書かれた横断幕を掲げて走るなど、横浜市電の歴史の節目で大役を果たし、昭和42(1967)年にはワンマン運転のための改造が施され、横浜市電全廃となる昭和47(1972)年まで市民の足として活躍した。

横浜市電全廃時に1150型は18両残っていたが、他の路面電車に譲渡されることなく、昭和48(1973)年の久良岐公園の開園にあわせて静態保存された1156号が現存する唯一の1150型となっている。

安住の地を得たはずの1156号だが、設置後数十年のうちに風雨に晒されて、不埒な物の破壊行為などによりすっかり朽ちて荒れ、ついには解体ご検討されるようになっていた。

転機が訪れたのは、平成22(2010)年12月。鉄道好きで知られる神奈川新聞の斉藤記者がこの野ざらしに1156号の荒んだ状況を記事にし、「清掃や修理の担い手は行政に限らない」と自らの手で修復に乗り出した。

この動きに呼応するかのように、地元の塗装業者「サカクラ」もこの修復に乗り出し、平成24(2012)年には、神奈川新聞社とサカクラ、そして横浜市の間で覚書が交わされ、ボランティアによる本格的な修復作業がスタートした。

修復工事はサカクラをはじめ、金属加工、木工、建具、電気と各分野のプロが担当、窓ガラスや座席シートはメーカーや鉄道会社が無償で提供し、車体の色などは全盛期の1960年代前半の姿に再現された。

このような経緯を踏まえ、平成24(2012)年4月6日、覚書を交わした日から約5ヶ月後、1156号は復活し「修復記念式典」が開かれた。その後も、1156号はボランティアによる公開が継続している。

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改めて、1156号を見ると、路面には御影石の敷石「市電の敷石」が敷かれ、上部には架空線が張られ、電停のプラットホームや行灯までもが丁寧に復元されている。設置されレールの一部は、平成26(2014)年に西区浅山橋から発掘された市電のレールで、「1927」などの刻印が入った部材が発見され、1927年にドイツで製造されたレールであることがわかっているとのことである。

それらひとつひとつが相まって、ここ久良岐公園が開園した頃に失われ、人々の記憶から消えつつあった横浜の都市発展の記憶がここにそっくり留められている。

1156 号が辿った運命は、こうした公共の場で保存されていた歴史遺産が市民の手によって修復され、さらに後世に伝えることができた好例と言える。是非、その復活のプロセスの証をその目で確かめていただきたい。



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