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[歴鉄_20]京急デハ230形・デハ236号



令和2(2020)年1月、横浜みなとみらい地区に移転した京急グループ本社の1階に、京浜急行電鉄の屋内常設展示施設「京急ミュージアム」が開業した。「『本物』を見て、触れて、楽しむ」をコンセプトに、京急創立120周年事業の一環として整備された当施設は、昭和初期から活躍した車両の展示、沿線を忠実に再現した「京急ラインジオラマ」、運転体験コーナー、工作体験ができる「マイ車両工場」など、多彩な展示と体験で大人も子どもも楽しむことができる。ミュージアムに入ると早速迎えてくれるのが、京浜急行の象徴とも言える赤い車体に白いライン、昭和初期から活躍した「デハ230形デハ236号」の展示車輌である。



京浜急行デハ230形デハ236号は、京急の前身である湘南電気鉄道が昭和5(1930)年に黄金町~浦賀間、金沢八景~湘南逗子(現在の逗子・葉山)間の開業にあわせ、前年の昭和4(1929)年から湘南電気鉄道デ1形として川崎車両兵庫工場で製造された25輌のうちの1輌で、デ1形デ6号と付番され、以来、湘南電気鉄道の主力車として両社線で使用された。

その後、昭和16(1941)年、湘南電気鉄道と京浜電気鉄道、湘南半島自動車が合併、さらに戦時体制として「大東急」の誕生にともなう形式番号の整理により、湘南電気鉄道デ1型が形態・性能の近似する湘南デ26形・京急デ71形・京急デ83形はデハ5230形に統合され、デ1形デ6号はデハ5236号と改番された。戦後、大東急体制の解体により京浜急行電鉄が誕生すると、デハ5230形は京浜急行デハ230形と改正され、デハ5236はデハ236号と改番され、全車廃車となる昭和53(1978)年までの間、京急電鉄を支えた。



デハ230形は当時の最高の技術を取り入れ日本の名車として知られ、現在の高速化のスタイルを確立したの草分け的存在としても知られる。その特徴として、軽量で丈夫な車体構造、大きな窓、地下鉄と郊外の双方に適した車両、走行性に優れた軸受の採用などが挙げられる。車体長は16mと現在の車両よりも小ぶりで、片開き扉を2箇所に配している。当初は扉間中央部に固定式クロスシートが並ぶセミクロスシート車であったが、輸送量の増大に対応するため、ロングシートに改造されている。側面窓は下降窓(落とし窓)で、日よけとしてよろい戸が装備されている。正面から見ると丸みを帯びた3枚窓となっている。



デハ230形は全車廃車となった後、14輌が香川県の高松琴平電鉄に譲渡(平成19(2007)年までに全車廃車)されたほか、デハ248号が京急久里浜工場(湘南電鉄デ1形に復元)、デハ249 - 250号の2輌が京急油壺マリンパーク(昭和63(1988)年撤去解体)、デハ268号が関水金属(現:ホビーセンターカトー東京)にて保存された。

デハ236号も、埼玉県川口市青木町公園敷地内に静態保存され、同公園敷地内にあった児童文化センターが管理していたが、同センターが平成15(2003)年に廃止され管理が十分ではない状況になったことから、平成28(2016)川口市が譲渡先を公募、38年ぶりに再び京急電鉄へ譲渡されることとなった。


譲渡後は復元作業が行われた。復元は総合車両製作所で行われ、既に図面がない状態ではあったものの、京急OBの手を借りながら、2年をかけて復元作業が進められた。使用可能な部品は修繕したほか、ドアエンジンを始め、一部では廃車発生品などの部品に交換。のべ9800時間を掛けた作業は令和元(2019)年6月に完了し、現役末期の姿を取り戻した。そして、令和2(2020)年、ここ京急ミュージアムに常設展示となり、安住の地を得たと言える。

京急線の開通は、神奈川県の近代化・発展に大きく貢献してきた。その発展を支え、京急線の歴史を知るこの車両を、是非ミュージアムに訪れた際にはじっくり見ていただきたい。



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