山手西洋館や教会、ミッションスクール等が放つ異国情緒に惹かれ、多くの来訪者が訪れる横浜市山手地区。数々の西洋館のほか、劇場、病院、教会等が建ち並んだ山手の街並みは、古写真等の資料で見ると、日本の中の外国と言っても過言ではない雰囲気を持っていたようだ。しかし、そんな華やかな街並みも、大正12(1923)年に発生した関東大震災により壊滅してしまう。震災復興期の横浜では、外国人たちを呼び戻すため、山手234番館のような外国人向けの賃貸住宅や戸建て住宅が建てられるようになる。今回、歴飯で紹介する「えの木てい本店」の店舗も、元は、昭和2(1927)年の震災復興期に建てられた外国人向け住宅の一つであった。設計は山手234番館の設計者でもある朝香吉蔵、施工はやはり山手234番館や横浜共立学園本校舎も手掛けた宮内建築事務所による。関東大震災前後は、旧横浜生糸検査所(横浜第2合同庁舎・北仲ブリック&ホワイト)の設計でも知られる遠藤於莵(えんどうおと)に代表されるように、日本人建築家が活躍し始めた時期でもある。
改めて建物を見ていく。山手本通りに面した敷地は手前にゆったりと前庭取り、店名の由来にもなっているエノキの大木が見事である。白い外壁はモルタル掻き落とし仕上げ(玄関ポーチ部分はドイツ壁仕上げと思われる)、手前に突き出すベイウインドウとアーチの付いた窓枠、窓枠周りの赤色が特徴となっている。モルタル掻き落とし仕上げとは、外壁の左官工法の一つで、仕上げ材を平滑に鏝塗りした後、ブラシ等で表面を掻き落とす仕上げ方法を指す。また、ドイツ壁仕上げとは、モルタルを壁に投げて重ねる仕上げ方法を指す。
ポーチから店内に入ると正面やや右手が2階に続く階段室、左手のドアの先が喫茶室となっている。入口で名前を告げ、暫しの順番待ちを経て、ベイウインドウ際のテーブル席を案内される。喫茶室内は2間続きで、正面にマントルピース(暖炉周りの装飾枠)の付いた暖炉、奥の部屋の一部に配膳カウンターが設けられている。暖炉上の掛け時計をはじめ、室内各所には歴史を感じるアンティーク家具等が配されており、西洋館の雰囲気を引き立てている。奥の部屋との仕切り壁はないが、壁からやや突き出した控え壁がアーチを作っており、緩やかな区切りを示す。同店の看板メニューと言えば、バタークリームとダークチェリーをサブレに挟んだ「チェリーサンド」が有名だが、本格的なアフタヌーンティーも人気メニューとなっている。アフタヌーンティーは事前予約が必要なのだが、平日限定で、平成26(2014)年まで港の見える丘公園内にあった「ローズガーデンえの木てい」のメニューであった「ローズガーデンセット」の復刻版があると知り、早速注文した。下のトレーにはサンドイッチ、上のトレーにはカレンツスコーンとケーキが2種類乗ったセットが運ばれてくる。サンドイッチで小腹を満たした後は、表面はサクサク、中はしっとりとしたスコーンを手で割って、イチゴジャムとクリームをたっぷり乗せて口に運ぶ。口いっぱいに拡がる甘い香りにを、ダージリンティーの芳醇な香りが上書きしていき、ついつい食べ進めてしまう。かつて西洋館で生活していた外国人たちもアフタヌーンティーで寛いだのだろうかと想いを巡らしながら歴史ある空間と味に浸ることができた。
同店2階では、洋菓子の販売のほか、事前予約をすれば個室内でアフタヌーンティーをいただくこともできるそうなので、山手散策の際は是非じっくりと贅沢な時間を味わっていただきたい。
Comments