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[歴飯_85]日栄軒


JR東神奈川駅に降り立つとどこからともなく、優しい出汁の香りが届き、急に蕎麦がたべたくなってしまう。その出汁の香りの元が東神奈川駅のホームにある立ち食い蕎麦「日栄軒」である。「日栄軒」があるのは、横浜線下り(新横浜・八王子方面)が着く3番線ホームと京浜東北線北行(東京・品川方面)が着く4番線の間にある島式プラットホーム横浜駅方面階段の下である。

訪れたのが土曜日の午後2時過ぎと決して電車の発着が密な時間帯ではないが、それでも両側のホームに入線する列車とそれを案内するアナウンスで忙しない。

店舗の正面上部には「そば うどん 日栄軒」と書かれた内照式の看板、正面右側に食券の自動販売機があり、左側には写真付きのメニューが一覧となって並んでいる。正面の張り紙には「創業大正7年以来、変わらぬ自家製つゆが自慢です」とある。



メニューには、「かけ」「たぬき」「月見」「わかめ」「天ぷら」のそば・うどんと立ち食い蕎麦屋の定番が並ぶ。その中で、他店との違いは「穴子天」であろう。食券の自動販売機にも<おすすめメニュー 穴子天そば>とあるので、迷いなく「穴子天そば(温)」の食券を求めた。550円である。決して高い値段ではないが、「かけ」290円から始まるメニューの中では最高値である。しかし、写真を見ると器から大きくはみ出すほど大きな穴子天が乗せられており、これを頼まないわけには行かない。

店の中に入るとそのまま正面がカウンターになっている。座席はなく、昔ながらの立ち食いスタイル。4人も並べば満席と思える狭い店内。食券を渡し「そば!」と告げると、カウンターの中の店員がテキパキと動き出し、ものの数秒で目の前に穴子天そばが運ばれてきた。

器から大きくはみ出した穴子天ぷらは、メニューの写真の通り。看板に偽りなし。最初に一口つゆを飲む。濃厚な出汁に、濃いめの醤油が合わせられた甘口の関東風。これもまた「自慢」と書いてある看板に偽りなし。蕎麦の麺は、細麺の喉越しが滑らかな茹で麺。つゆと合わせて食べると、相性が良く、気持ちよく食べ進められる。



そして、穴子天。まずは器からはみ出している部分に食らいついた。衣はフワフワというよりややモッチリした食感。穴子は半身がそのまま使われていて、こちらは魚の天ぷら独特のふんわりした食感が残る。残りの部分は、つゆに浸しながら、蕎麦と一緒に食べ進めた。ゆっくり味わったつもりだが、注文から10分もしないうちに食べ終えて、セルフサービスの水をコップ一杯一気に飲み込み、「ご馳走さま!」と声をかけ店を後にした。

移動の合間にさっと食べんることができる立ち食い蕎麦はまさに駅に置かれるファストフードとしてうってつけといえる。いわゆる「駅そば」の発祥は古く、諸説あるが最も古いと言われているのが長野県の軽井沢駅。明治26(1893)年に軽井沢 - 横川間に鉄道が開通し、碓氷峠を越えるための牽引専用の機関車の付け替えの時間が長かったため駅のホームで弁当と一緒にそばを丼に盛り売って回ったという。その後、全国に広がり、昭和30年代になって今のスタンド式立ち食いそばが定着した。かつては駅ごと個性的な店舗がそれぞれの味を主張していたものだが、近年は各鉄道会社の系列のブランドに集約されている。そういう意味でも系列店となっていない日栄軒は貴重だと言える。



今回の調査では、日栄軒がいつからここにスタンド式立ち食いそばのスタイルで店を構えているのか、また、創業時はどのように営業していたのか聞くことは出来なかった。

ではなぜ、この日栄軒がなぜ歴飯シリーズにエントリーされたのか。

日栄軒のある東神奈川駅は、元々JR横浜線の前身である私鉄「横濱鐵道」が東海道線に接続する始発駅として、明治41(1908)年9月に開業した。横濱鉄道は大正6(1917)年10月に国有化され鉄道院横浜線となった。日栄軒の創業はその翌年。東神奈川駅は、大正12(1923)年9月の関東大震災では大きな被害を免れているかが、その後、昭和7(1932)年10月電車運転開始に合わせてホームを嵩上げ、昭和20(1945)年5月の横浜大空襲で壊滅的な被害を受けるなど、改修、被災、復旧が繰り返されている。昭和35(1960)年には橋上駅舎となっているので、日栄軒の現在の店舗はその当時のもではないだろうか。それでも60年以上ではあるが、この店を「歴飯」シリーズにエントリーした理由は駅のホームの下部を見てみるとお解りになると思う。これだけの改修が施されているにもかかわらず、ホーム側壁下部にはイギリス積みにされている開業当初の煉瓦が残る。国産の関東煉瓦八王子工場製が使用されている貴重な遺構である。

明治の煉瓦遺構とひっきりなしに発着を繰り返す横浜線と京浜東北線、さらに東海道線と横須賀線が通過していく様を眺めながら、サクサクの穴子天を食べる優越感をいっとき味わうのも良い。是非、旅の途中に、日常に、立ち寄っていただきたい。





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