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[ レポート]登録有形文化財 旧長濱検疫所 一号停留所一般公開【THE HERITAGETIMES YOKOHAMA KANAGAWA】



令和4(2022)年11月19日、厚生労働省横浜検疫所輸入食品・検疫検査センターで国登録有形文化財である旧長濱検疫所一号停留所(現・検疫資料館)の一般公開が行われた。

一号停留所は、長濱検疫所(横浜検疫所の前身)における上等船客用(当時の旅客船賃「一等・二等」などの利用者)の停留施設として、明治28(1895)年3月に完成した。

停留施設とは、海外からの渡航者など、感染症の病原体に感染したおそれのある者について、感染の有無を確認するため、一定期間、経過観察を行うための施設。



横浜でも最古級の洋風建築で、その歴史的価値は「長濱検疫所は、日本最初の検疫施設である長浦消毒所を引き継いだ日本の検疫施設最古の遺構の一つであり、その日本の検疫史上に占める位置は甚だ大きい。」「検疫資料館(一号停留所)は、長濱検疫所のなかで最も建築意匠的に重要な施設であり、長濱検疫所の建築の粋がこの建物に収斂して残されており、それはまた、富士屋ホテルや日光金谷ホテルや奈良ホテルと並んで日本の洋風ホテルの最初期の遺構とも目されるものである。」「それらが和風意匠を主眼としたホテルであるのに対して、横浜検疫所の検疫資料館の建物はまったくの洋風であり、純粋に洋風の最初期のホテル遺構に類するものとして、建築史上に占める価値は大きい。」(横浜国立大学名誉教授・吉田鋼市氏による評価の抜粋)と評され、平成30(2018)年に国の有形文化財として登録されている。



今回は3年ぶりの公開となったこと、また、当該敷地が売却予定となったことを受けて、一号停留所や検疫資料の保存を求める団体が「解体の危機」「最後の現況公開」と広報したことも影響しているのか、午前中から多くの見学者が訪れていた。

横浜検疫所の正門から入ると、右手に輸入食品・検疫検査センターの建物があり、1階で受付を済ませ、屋内の階段を上がって建物裏側に抜け、坂道を登り、その先にある一号停留所に向かう。



目の前に現れた、一号停留所は、木造平家、鉄板葺、下見板張り、ほぼ東西に長く、南面の両端が突出したコの字型となっている。南面して上下窓を基調としながら突出部の先端にベイウィンドウを用いた変化が見られる。

妻側に設けられた入口を入ると南側が広いサンルームを兼ねた廊下となっていて、北側の主体部に全8室の停留室が並び、南側の突出部は西側が食堂、東側が談話室になっている。

停留室にはAからHと番号が振られ、それぞれの部屋ごとのテーマにまとめられた貴重な検疫資料が並ばられていた。また食堂では、モニターで解説スライドなどの上映も行われており、見学者たちが熱心に見入っていた。



談話室には日清戦争後の検疫業務に当たった後藤新平が検疫所を訪れた際の直筆の書が掲げられていた。さらに建物正面の外部に回り、古写真にあるように、この前面がすぐ海岸線であった往時の様子を想起すると、いかに貴重な歴史的建造物であるのかが良く解る。

建物北側の外構部に回ると主体部に沿って側溝が造られていいた。よく見ると、側溝の土留に天然スレートと思われるものが、差し込まれていた。特に解説はなかったが、鉄板葺きとなる以前に屋根材として使用されていたものを転用したのではないかと推察される。



さらに建物正面の外部に回り、古写真にあるように、この前面がすぐ海岸線であった往時の様子を想起すると、いかに貴重な歴史的建造物であるのかが良く解る。

見学を終えた後、隣接する長浜野口記念公園の「細菌検査室」と「長浜ホール(事務所棟)」(いずれも横浜市認定歴史的建造物)では、横浜検疫所で検疫医官補としてペスト患者を発見した野口英世を顕彰する「野口英世フェア」が開催されていおり、「野口英世はいつ長浜に来て、どんな生活をし、いつ去ったのか。」などのパネル展示が行われており、こちらも多くの来場者で賑わっていた。ここでは、ボランティアによるパネルの解説のほか、一号停留所の保存を求める署名も行われていた。

一号停留所の今後については、まだ公式に発表されていないが、THE HERITAGETIMES YOKOHAMA KANAGAWAでも引き続き注目していきたい。



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