top of page

[歴飯_186]万葉公園茶室 万葉亭


ree

「足柄の土井の河内に出づる湯の世にもたよらに子ろが言わなくに」と『万葉集』に詠まれた湯河原温泉は、万葉の時代から知られた温泉地である。夏目漱石、島崎藤村、芥川龍之介をはじめ、多くの文士が逗留したことでも有名だ。

今回「歴飯」で訪れたのは、その湯河原温泉の中心、万葉公園の入口付近にある茅葺き屋根の茶室「万葉亭」である。


ree

万葉亭がある万葉公園は、湯河原温泉をテーマとした町営の都市公園(近隣公園)である。かつては「権現山公園」と、実業家・大倉孫兵衛(大倉陶園創業者)の湯治用別荘地「大倉公園」が並立していた。日露戦争後には戦傷病者の保護養地として指定され、「養生園」として開放されていた。この二つの公園が譲渡され、昭和26(1951)年に国文学者・佐佐木信綱の提案により「万葉公園」として再整備された。



ree

この名称は、湯河原温泉が『万葉集』において唯一、湧出の様子が和歌に詠まれた温泉であることに由来する。園内には万葉集に詠まれた草木が植えられ、歌碑、梅門、国木田独歩の碑、養生園の記念碑などが点在する。また、熊野神社や狸福神社をはじめ、太子堂、源泉手水などの歴史的施設も整備されている。

令和2(2020)年から始まった大規模リニューアルにより、2021年には「玄関テラス」「惣湯テラス」を含む観光施設「湯河原惣湯(Books and Retreat)」が完成。コワーキングスペース、カフェ、ライブラリー付き温浴施設が整備され、自然・歴史・癒しの要素を融合させた観光拠点へと進化を遂げた。


ree

玄関テラス前の階段を上り、橋を渡ると万葉亭にたどり着く。スタッフに声をかけて抹茶をお願いすると、寄付きから茶室へと案内される。

まず運ばれてきたのは、梅の形をした最中。「小梅堂が万葉亭のためだけに作っているもの」とのことだ。お菓子をいただきながら室内を見渡すと、床の間には季節の花と掛け軸がかかり、茶室らしいたたずまいが広がっていた。


ree

この茶室は、国文学者・佐佐木信綱の意見をもとに、建築家・堀口捨己によって昭和30(1955)年に設計・建築された。入口外部に待合を設け、内部は炉のある寄付きと8畳の茶室、水屋、収納から構成される。「はたすすき尾花逆葺き黒木もて造れる室は万代までも」と詠まれた歌を再現すべく、寄付きは土間仕上げ、柱・梁には皮付き材を用い、茅葺屋根がかけられている。


ree

当時、堀口は伊勢神宮や出雲大社、尖石遺跡など古代建築・竪穴住居の復原研究に取り組んでいた。本建築もまた、原始住宅や古代の住まいから着想を得た作品である。本来は公園全体の構想に基づき、鉄筋コンクリート造の「万葉館」と一対の施設として建設された。

現在までに皮付きの柱・梁の補修、屋根の葺き替えなど手間のかかる改修が行われているが、雰囲気はよく維持されており、小さな建築ながら設計者の意図が濃密に伝わる空間である。


ree

やがて抹茶が運ばれてきた。香りを楽しみながらゆっくりと口に含む。外では万葉集ゆかりの草木が揺れ、空間と味覚、そして時間が静かに交わっていく。

万葉公園が時代とともに姿を変えていく中、万葉亭は建設当時の面影を色濃くとどめている。観光客のみならず、近隣中学生の茶道体験の場としても活用されているとのこと。温泉を楽しんだあとの静かなひとときに、ぜひ立ち寄り、ゆっくりとした時間を味わってほしい。


※二度にわたる取材で写真が混在していることをご了承いただきたい。


コメント


THE HERITAGE TIMES

YOKOHAMA KANAGAWA

横浜・神奈川を中心とした歴史的建造物や歴史的町並み保存に関するニュースを紹介するウェブメディアです。

​掲載を希望する記事等がございましたら情報をお寄せください。

© 2019 - 2025 THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA 

bottom of page