[カレンダー]アントニン・レーモンド【11/21】
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- 3 日前
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アントニン・レーモンド(Antonin Raymond 1888–1976)は、チェコ出身の建築家であり、日本におけるモダニズム建築の先駆者である。大正8(1919)年、フランク・ロイド・ライトの助手として帝国ホテル建設のために来日し、やがて独立。日本の風土と生活文化に深く共鳴しながら、合理性と美を兼ね備えた建築を数多く手がけた。11月21日はレーモンドの命日であることから、彼の横浜・神奈川における功績と関連する遺構を紹介する。
建築家 アントニン・レーモンド
アントニン・レーモンドは1888年、当時オーストリア=ハンガリー帝国領であったボヘミア地方(現在のチェコ共和国)のコレチに生まれた。彼の出生名はアントニン・レイモンド(Antonín Reimann)であったが、後にアメリカに帰化した際に「Raymond」と改称している。カトリックの家庭に育ち、早くから美術や建築に関心を持った。
青年期にはプラハ工科大学で建築を学び、建築家としての素地を築いたのち、1910年に渡米。ニューヨークで建築事務所に勤めながら、アメリカ建築界の最前線に触れた。特にビアトリクス・ファーの紹介を通じてフランク・ロイド・ライトと出会い、1916年に正式にライト事務所に加わることとなる。
ライトとの関係は、当時の若き建築家レーモンドに大きな影響を与えた。ライトの有機的建築、特に空間の流動性や水平線の強調、自然との調和といった概念に共鳴しつつも、レーモンドは自身の合理主義的な資質も保持していた。1919年、ライトが帝国ホテル新築のために日本へ渡る際、アントニンと妻ノエミも同行した。これがレーモンドにとって最初の来日であり、彼の建築家人生にとって決定的な転機となる。

1921年、妻ノエミとともにライト事務所から独立して青山にレーモンド建築設計事務所を開設。大正期から昭和期にかけて、日本各地に多くの建築作品を残すこととなる。レーモンドは西洋的モダニズムの精神を導入しつつも、日本的要素を融合させた建築言語を構築した点で特異であり、その活動は日本の近代建築において画期的なものであった。
特に神奈川県、横浜市においては、彼の活動の重要な拠点が存在した。1930年代以降、レーモンドは葉山にアトリエ兼自邸を構え、東京から離れて自然と調和する建築を実践する場とした。この葉山の邸宅は、彼の建築思想の結実ともいえる建築であり、日本の気候風土に合わせた木造構法、開口部の取り方、室内外の連続性などが実験的に試みられた。また、湘南地域や鎌倉にも作品を遺しており、戦前戦後を通じて神奈川におけるモダニズム建築の拠点の一つを形成した。
横浜市においても彼の足跡は見られる。特に戦後、レーモンドはGHQの要請を受けて復興計画に関わり、教育施設や宗教施設、住宅建築などを手がけた。横浜山手に所在した宣教師館や学校施設の再建にも関与し、横浜の都市景観と教育文化に貢献した。また、彼の設計による近代的住宅や礼拝堂は、当時の横浜において先進的であり、地域の建築文化に大きな影響を与えた。
レーモンドの建築思想は、単なる欧米の模倣ではなく、日本の伝統と素材への深い理解に基づくものであった。特に彼は木材を用いた構造や、日本家屋に見られる開放性を活かしつつ、合理性と機能性を重視した空間構成を試みた。これは、戦前の日本におけるモダニズム建築において特異なスタンスであり、彼の作品群は現在も多くが高く評価されている。
一方で、レーモンドの活動には暗い側面も存在する。太平洋戦争中、彼は一時帰国し、アメリカ政府の依頼により戦争関連の研究に従事した。この時期、彼は焼夷弾の開発に携わったとされており、これは戦後の日本の都市部に甚大な被害をもたらした空襲の一因となった。この事実は、建築家としてのレーモンド像に複雑な影を落としている。建築の創造者としての側面と、戦争技術の担い手という側面が交錯する彼の経歴は、単純な賛美には収まらない深みを持っている。
戦後、再び日本に戻ったレーモンドは、建築設計を再開し、弟子たちの育成にも尽力した。彼の事務所からは前川國男、吉村順三、坂倉準三など、日本の建築界を代表する人材が多数育っており、レーモンドの影響は建築作品だけでなく教育的側面にも及んでいる。
アントニン・レーモンドは1976年に逝去するまで、日米を行き来しながら創作活動を続けた。彼の神奈川・横浜における建築活動は、モダニズムと地域性、日本文化の融合というテーマにおいてきわめて先進的であり、現在も再評価が進められている。
エリスマン邸
所在地:横浜市中区元町1丁目(元町公園内)(旧所在地:山手町127-1)
建築年:大正15(1926)年、(移築)平成2(1990)年
構造・規模:木造2階、地下1階、小屋裏部屋付
設計・施工:(設計)A.レーモンド、(施工)清水組
指定・認定:横浜市認定歴史的建造物

エリスマン邸は、生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人格として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅として、大正14(1925)年から大正15(1926)年にかけて、山手町127番地に建てられた。
創建当時は木造2階建て、和館付きで建築面積は約81坪。屋根はスレート葺、階上は下見板張り、階下は竪羽目張りの白亜の洋館であった。煙突、バルコニー、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸といった洋風住宅の意匠と、軒の水平線を強調した木造モダニズム的要素を持っている。設計者レーモンドの師匠である世界的建築家F.L.ライトの影響も見られる。
昭和57(1982)年にマンション建築のため解体されたが、平成2(1990)年、元町公園内に再現された。1階には暖炉のある応接室、居間兼食堂、庭を眺めるサンルームなどがあり、簡潔なデザインを再現している。椅子やテーブルなどの家具は、レーモンドが設計したもの。現在は、横浜市所有の西洋館として公開されている。
ライジングサン石油会社ビル玄関扉 現エクステ山下公園

ライジングサン石油は、横浜で貿易業を営んでいた英国のサミュエル商会の石油部門が切り離されて明治33(1900)年に設立、明治44(1911)年に山下町58番地に本社を構えた。関東大震災でその本社は倒壊したが、昭和4(1929)年に再建、太平洋戦争中は一時休業となったが、昭和23(1948)年にシェル石油と商号を変更し復帰。昭和30(1955)年に横浜を離れ東京に本社を移転した。1985 年に昭和石油と合併し昭和シェル石油となった。
この回転扉は関東大震災後の昭和4(1929)年(昭和4年)にレーモンドとB・フォイエルシュタインの協働による設計で建てられた本社ビルの正面玄関に取り付けられていたもの
もの。平成2(1990)年にこのビルは解体されたが、回転扉は 日本最初期のものでありデザインも新新だったため、横浜市により保管されていた。その後、平成13(2001)年にエクステ山下公園の竣工に合わせ当初の場所に戻された。なお建物正面には当初建築の造形的特徴であった彫りのある二本の円柱も再現されている。
旧ライジングサン石油会社社宅 現フェリス女学院10号館
所在地:横浜市中区山手町
建築年:昭和4(1929)年
構造・規模:鉄筋コンクリート造2階建
設計・施工:(設計)A.レーモンド、(施工)清水組
指定・認定:横浜市認定歴史的建造物

フェリス女学院10号館は、ライジングサン石油会社社宅として設計され、昭和4(1929)年に竣工。のちにフェリス女学院の所有となってからは大学の研究室として活用されてきた。修復前の外装は白色塗装、サッシュは黒色であったが、調査の結果、竣工当初の外装はベージュ色、サッシュは緑色であることが判明しため、平成21(2009)年の改修工事にあわせて復元された。
旧山手250番館/スタンダード石油会社社宅 現パークシティ本牧クラブハウス
所在地:横浜市中区本牧原 (旧所在地は中区山手町250番地)
建築年:昭和4(1929)年(移築:昭和60(1985)年)
構造・規模:鉄筋コンクリート造り2階建
設計・施工:(設計)アントニン・レーモンド(施工)不詳

スタンダード石油はアメリカ合衆国の石油会社である。ジョン・ロックフェラーとそのパートナーによって1863年に設立されたオハイオ州の組合(パートナーシップ)を前身として、1870年に設立されたアメリカの大手石油会社。明治26(1893)年に横浜に支店を開業させた。旧山手250番館は山手250番地にそのスタンダード石油会社の社宅として建築された。
現在の建物は、本牧地区の接収解除に伴い開発された大規模マンション「パークシティ本牧」のクラブハウスとして昭和60(1985)年に一部の部材を活用し復元したもの。
旧藤澤カントリー倶楽部クラブハウス(グリーンハウス)
所在地:藤沢市善行七丁目(神奈川県立スポーツセンター内)
建築年:昭和7(1932)年
構造・規模:鉄筋コンクリート造3階建、地下室付
設計・施工:(設計)アントニン・レーモンド(施工)長工務店
指定・認定:国登録有形文化財

竣工時の建物は、ゴルフ場の丘の上のグリーンに建つ白亜なスパニッシュスタイルでグリーンのスペイン瓦が特徴の建物であり、 その様子からグリーンハウスと呼ばれたようである。切妻造三階建の正面に車寄を張り出し、背面に二階建をのばす。車寄などの開口部の半円アーチによる構成、青緑色のスパニッシュ瓦葺屋根、アイアンワークの手摺など、など、全体をスパニッシュでまとめている。現存する日本のゴルフクラブハウスとしては最古とされている建物。
不二家横浜センター店 ※解体
所在地:横浜市中区伊勢佐木町1丁目
建築年:昭和12(1937)年 令和6(2024)年解体
構造・規模:鉄筋コンクリート造6階建
設計・施工:(設計)アントニン・レーモンド(施工)戸田組

明治43(1910)年、藤井林右衛門が横浜元町に洋菓子店を開店。大正11(1922)年に伊勢佐木町店、大正12(1923)年には東京に銀座店を開設した。当時の伊勢佐木町店は喫茶店として営業していた。しかし、大正12(1923)年9月1日の関東大震災で3店舗とも焼失。元町店は再開されなかったが、昭和12(1937)年2月に伊勢佐木町に新店舗が建設された。
建築された新店舗は、鉄筋コンクリート構造6階建。典型的なモダニズム建築であるが、当時使われ始めたガラスブロックをイセザキモールに面した左側に垂直、上部に水平に並べて配置し、左右非対称のデザインを作っているのが特徴。このガラスブロックは階段室部分であり、北向きの店内に自然光を採り込む役割も果たしている。
第二次世界大戦後は一時期、米軍に接収され「横浜クラブ」という娯楽施設として運営されていた。
建物の老朽化のため、令和5(2023)年8月20日をもって閉店、令和6(2024)年中に解体された。
マースクビル 現:KRCビルディング
所在地:中区日本大通18
建築年:昭和47(1972)年
構造・規模:鉄骨鉄筋コンクリート造・地上9階 地下2階
設計・施工:(設計)レーモンド事務所(アントニン・レーモンド)(施工)三井建設

この作品はレーモンドが離日する最晩年の作品。設計は「株式会社レーモンド設計事務所」の名義ながらも、レーモンドが手がけたものとして作品譜に記されている。
チャコールグレーのフレームに全面熱線反射ガラスのカーテンウォールが特徴。
旧名称にある「マースク」とは海運業の「マースクライン社」の事で、この建物と同時期に同社の支配人邸も建てられている。
山手133番館
所在地:中区山手町
建築年:昭和初期(昭和5(1930)年頃)
構造・規模:木造 2 階建、付属屋:木造2階建、車庫:木造平屋建
設計・施工:不詳(設計に A・レーモンド、施工に宮内工務店が関与した可能性がある)
指定・認定:横浜市認定歴史的建造物

山手 133 番館は、関東大震災後の昭和 5(1930)年頃に外国人向け住宅として建てられた。昭和20(1945)から昭和28(1953)年は米軍により接収されていたが、その他の期間は主に借家として利用され、複数の家族が住んだ履歴がある。
令和2(2020)年に洋菓子店の横浜モンテローザを営む株式会社三陽物産が土地・建物を取得、耐震改修等の保全工事が行われた。
山手 133 番館は、広大な敷地に主屋・使用人用の付属屋・車庫を備え、旧居留地での暮らしぶりや社会的地位の高さを物語っている。主屋はゆとりのある空間を持つスパニッシュスタイルの洋館であり、各部屋にオリジナルの家具を備えている。付属屋は主屋厨房から接続し、和室で構成されている。南側には大きな庭園があり、主屋とテラスを介して繋がっている。

山手 133 番館をA・レーモンドが設計したという決定的な物証はまだ見つかっていないが、A・レーモンドが1920~30 年代に手がけた住宅建築との類似点が随所に見受けられるとから、関与の可能性が示唆されている。
類似点の例として、同時代では珍しいスチールサッシ窓、厨房やクローゼット等のオリジナルの調度品、使用人室に至る階段や、床や下地の建築工法等が挙げられている。
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