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[歴湯_09]横浜市鶴見区「安善湯」



SNSを通じて、鶴見区寛政町の老舗銭湯「安善湯」が令和5(2023)年4月末を持って閉店することを知ったので、平日の夜、仕事帰りに駆けつけた。 JR鶴見線・安善駅を降りて線路から一筋住宅地に入った道を武蔵白石方面に3分ほど進んだ先に安善湯はある。


安善湯の建物正面上部には、ゆったりとカーブを描く装飾が付く。 そのカーブのついた建物正面を挟んで男女別の入口となっており、その先に下足入れ、さらに戸を開けた先に番台がある。番台の女将に料金500円を払うと「今月で閉めちゃうのよ。今までありがとうね。」と記念品の石鹸を渡された。



脱衣室内部は鉄筋コンクリート造の柱梁の接合部や天井との境に蛇腹装飾が付き、細部にも手が込んだ仕上げとなっている。梁下に連続して設けられた台形の窓も珍しい。 脱衣所にはロッカーと客が涼むためのテーブルと椅子、ソファ。飲み物が置かれている冷蔵庫がある。テレビと壁付の扇風機もあり、いかにも老舗らしい伝統的なスタイルだ。ちょうど仕事帰りの時間ではあるが、先客は1人だけで、ゆっくりと堪能できる。脱衣を済ませ早速浴室へ。



八角形の浴室の中央には、エメラルドグリーンのお湯を貯めた円形の浴槽がある。 関東圏では脱衣所よりに洗い場、奥に湯舟が設けられるタイプの銭湯が多いが、安善湯は関西圏に多い中央に湯舟、その外周に洗い場を設けるタイプの銭湯となっている点も珍しい。 また天井の中央には円形の湯気抜きがあり、壁には「山梨」と書かれた富士山と「近江」と書かれた琵琶湖のペンキ絵が描かれている。正面の富士の絵は銭湯絵師であった故 早川利光氏の手によるらしい。



身体を洗って湯に浸かる。浴槽は中央で半分に別れており、入口から向かって左が浅く、右が深くなっている。深い方の浴槽の温度計はしっかり50度を指していたが、思ったよりも熱く感じず、ゆったり目に入ることができた。

安善湯は工場の工員専用浴場として昭和2(1927)年に創業したそうだ。その後、各家庭に風呂が付くようになると公衆浴場に営業を転換している。関東圏の戦前の銭湯は木造寺社造りが多いが、こちらは市内に現存する戦前の銭湯建築としてはおそらく唯一の鉄筋コンクリート造と思われる。鶴見線沿線には浅野セメントをはじめとしたセメント工場等も多かったこと、関東大震災直後の建築ということも鉄筋コンクリート造を採用した理由かもしれない。周辺には今も鉄筋コンクリート造で洋風の装飾の付いた戸建て住宅が多く、おそらくかつては工場の社宅として整備された一帯とも推察される。



これ以上、入っていると逆上せてしまいそうというところで、風呂を上がることにした。 身支度を整えて帰りがけにもう一度、女将にお礼を伝えると「わざわざ来てくれてありがとうね。お湯がぬるかったでしょ。ごめんなさいね。今までありがとう。」と丁寧な挨拶をいただいた。「こちらこそ、ありがとうございました」と伝えて銭湯を後にした。 老舗銭湯がまた一つなくなってしまったことは大変残念であるが、今後の活用などに注目していきたい。






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