[コラム]神奈川の七福神巡り - 横浜七福神【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】
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横浜七福神
横浜市港北区内の7か所を巡る。昭和40(1965)年、菊名在住の山本清次氏の呼びかけにより港北区内の7つの寺が集まり「港北七福神会」を結成。翌年、昭和41(1966)年正月から「横浜港北七福神」として始まる。横浜市内で最も古い七福神巡りとされる。昭和52年(1977)、「横浜七福神」改称し現在に至る。毎年、1月1日から7日までで専用の色紙も用意される。
弁財天:菊名池弁財天

かつて大池であった菊名池(現在は水道道南側がプールとなっている)に祀られていた千年以上の歴史を持つ水神を、昭和39(1964)年、山本清次氏が弁財天として再興。社殿は山車を転用したもの。
所在地
横浜市港北区菊名1丁目7-13
御本尊・御祭神
弁財天
宗派
日蓮宗
文化財・歴史的建造物
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毘沙門天:菊名山 喜楽院 蓮勝寺

浄土宗寺院の蓮勝寺は、菊名山喜楽院と号します。蓮勝寺の創建年代等は不詳ながら、淨土宗十六祖師の一人蓮勝上人が正和年間(1312-1317)前後に創建したと伝えられ、応永年間に喜楽和尚が字宮谷から当地へ移して中興しています。蓮勝寺の毘沙門天王は、横浜七福神の毘沙門天となっています。
所在地
横浜市港北区菊名5丁目4-40
御本尊・御祭神
阿弥陀如来
宗派
浄土宗
大黒天:大豆戸山 正覚院

正覚院は安土桃山時代(詳細不明)に禅宗暁堂元龍禪師により開山されたと伝えられ、廣屋祖澤和尚が元祿10(1697)年に中興した寺院。境内の裏山は戦国時代の城跡であったといわれ、当時この地方に勢力を張っていた小机城主との戦いに敗れた落城時の城主が当山に逃れ、開祖元龍禪師の弟子となったという云い伝えもあり、古くから人々を救済する場所であったと考えられる。
正覚院の大黒天は暁堂元龍禪師が秘蔵奉祀された小さな御神像。それをのちに境内の欅の大木から二尺ほどの大黒天像を刻み、その体内に納めた。
所在地
横浜市港北区大豆戸町1160
御本尊・御祭神
十一面観世音菩薩
宗派
曹洞宗
文化財・歴史的建造物
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恵比寿:補陀洛山 安養院 西方寺

建久年間(1190 - 1199)頃、醍醐覚洞院座主勝賢僧正が鎌倉の笹目に創建した「補陀洛山 安養院 西方寺」が起源と伝えられ、鎌倉に創建の極楽寺へ移転、さらに室町時代・明応4(1495)年頃に現在の地に移転した。秋に参道に咲く曼珠沙華(彼岸花)が美しいことでも有名。
所在地
横浜市港北区新羽町2586
御本尊・御祭神
阿弥陀如来
宗派
真言宗単立
文化財・歴史的建造物
本尊阿弥陀如来坐像(県指定重要文化財)
注大般涅槃経(国指定重要文化財)
観音堂十一面観音菩薩像(市指定有形文化財)
本堂 江戸時代 享保六年(市指定有形文化財)
平成9(1997)年に横浜市指定有形文化財に指定される。その後、平成16(2004)年 - 平成19(2007)年までに行われた「平成の大修理」により、解体修理が行われ、創建が江戸時代 享保6(1721)年であるということが判明。屋根も創建当初の茅葺きに吹き替えられ、江戸時代の創建当時の姿が復元された。
西方寺の本堂は、内陣を含め、正面八間、側面六間、寄棟造、外回りの雨戸は舞良戸、内陣は四方桝組み、折り上げ格天井で、各々の格には、春夏秋冬の四季にわたる草花の絵が描かれ、内陣と外陣の境の欄間には正面に龍、左右には飛天の彫刻があり、全体として優美で格調高い本堂である。
また、内陣来迎柱には葵の紋があり、徳川幕府との関係の深さを表している。
本堂外陣杉戸八枚十六面 四季花鳥図[狩野派](市指定有形文化財)
本堂内陣杉戸十二枚 雲中供養仏画[狩野派](市指定有形文化財)
外陣にある前室の南北にはめられた杉の板戸八枚の表裏十六面に絵画(杉戸絵)が描かれている。
満開の桜の木を主景とする春景、柳の木にツバメを飛ばす夏景、紅葉する楓に小菊・薄(すすき)・萩・雁を描く秋景、松の木を主景に万年青(まんねんせい・オモト)や熊笹を添えた冬景が表され、当初より四季を画題として統一的に制作された「四季花鳥図」であり、桃山障壁画様式を受け継いだものである。
内陣にある左右の板戸には蓮池の上に笛や太鼓を鳴らしながら天空を舞っている天女が描かれており、これは飛天といって、天女が天衣を翻(ひるがえ)し軽やかに舞い、仏さまが説法されているのを空から賛嘆している様子を描いている。
両方とも描法上の特徴により本堂の建立年代とほぼ同時期に制作されたものと考えられる。
鐘楼(市指定有形文化財)
新編武蔵風土記稿には「鐘楼ハ観音堂ノ前ニアリ」と記述され、梵鐘の鋳造銘から見て宝永5(1708)年に二十五世祐算法印による建立と考えられている。
当時の梵鐘は戦争中に供出してしまい、現在の梵鐘は先代道海和上により昭和50(1975)年に再鋳したもの。茅葺きの鐘楼は本堂より少し前の創建となるが、簡素ながら趣のある建物である。
山門(市指定有形文化財)
山門は、茅葺き、四脚門で、江戸弘化年代(1844~1847)に創建された。
福禄寿:円瀧山 光明院 興禅寺

興禅寺は、天台座主慈覚大師円仁和尚が東国下降した仁寿3年(853)、当地に自刻の勝軍地蔵尊を当地に安置して開山したと伝えられる。慶安2年に高7石の寺領を拝領。武相不動尊7番、関東百八地蔵霊場86番、准秩父三十四観音霊場27番、横浜七福神寿老神、稲毛七薬師6番、都築橘樹酉年地蔵尊霊場10番。明治中期から継承されている雅楽会が有名。門前に芭蕉の句碑がある。現在の本堂は18世紀末に建てられ、明治期に大改修された。
所在地
横浜市港北区高田町1799
御本尊・御祭神
十一面観世音菩薩
宗派
天台宗
文化財・歴史的建造物
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寿老人:清林山 仏乗院 金蔵寺

金蔵寺は、平安時代の貞観年間(859年~876年)に清和天皇の勅願により智証大師が創建したと伝えられる。本尊は天台宗第五代座主・智証大師作と伝えられる大聖不動明王。
裏山に日吉山王権現を祀る日吉社があり、日吉の地名の起源とされている。
江戸時代には寛永寺の末寺として栄え、敷地面積は2万坪を誇る。徳川将軍家の庇護の元、江戸幕府初代と二代将軍である徳川家康・秀忠父子により梵鐘が寄進され現存している。
所在地
横浜市港北区日吉本町2丁目41-2
御本尊・御祭神
不動明王
宗派
天台宗
文化財・歴史的建造物
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布袋尊:綱島山 東照寺

東照寺は、慶安2(1649)年に大曽根の大乗寺の三世生外意鉄大和尚によって創建。
曹洞宗で本山は永平寺と総持寺で九州鹿児島の薩摩藩主、島津公の信仰が厚く、本堂内に島津斉宣公のかかれた額がある。歴代の住職も薩摩藩の武士の出身が多くいた。江戸の商人たちの信仰も厚く、境内にその人たちの名を刻んだ石の手洗いがある。
本尊薬師如来は秘仏として十二年に一度寅年の4月1日から4月20日まで開帳され巡礼の人で賑わう。
所在地
横浜市港北区綱島西1丁目13-1
御本尊・御祭神
薬師如来
宗派
曹洞宗
文化財・歴史的建造物
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