【レポート】OMO7横浜 by 星野リゾート - 旧横浜市庁舎行政棟 -【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】
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- 1 日前
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横浜市政の歴史を語る上で欠かせない旧横浜市庁舎が、令和8(2026)年4月21日、ついに「OMO7横浜 by 星野リゾート」として生まれ変わり、開業した。
「THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA」では開業直後の4月24日(金)から実際に宿泊取材を行った。昭和のモダニズム建築の巨匠・村野藤吾が手がけたこの名建築が、どのようにホテルへと生まれ変わったのか。早速、その歴史的価値に浸る一泊二日の宿泊体験を完全レポートする。

旧横浜市庁舎は、昭和34(1959)年に建築家・村野藤吾の設計により横浜開港100周年記念事業として建設され、60年以上にわたり市政の中枢を担ってきた建築物であった。
しかし、2010年代に入り、建築から50年以上(平成25(2013)年3月新市庁舎整備基本構想策定時)が経過したことによる施設・設備の老朽化、執務室の不足と複数のビルへの機能の分散化による市民サービスや業務効率の低下、民間ビル賃借料の発生、危機管理機能の強化の必要性などの課題が指摘されるようになった。
これらの課題を解決するため、新たな市庁舎の整備に向けた検討が進められ、平成26(2014)年3月に「新市庁舎整備基本計画」が策定され、新市庁舎を「北仲通南地区」に建設し、庁舎機能を移転することとなった。
一方、旧横浜市庁舎の活用についてもこれと並行して検討が進められ、平成30(2018)年10月には「関内駅周辺地区エリアコンセプトブック(案)」を公表するとともに、市場性や民間ニーズを探るサウンディング型市場調査を実施した。これを踏まえ、横浜市は土地を売却せず、市が所有権を保持したまま活用する「事業用定期借地権方式」を採用する方針を決定する。行政棟については、解体を前提とせず、保存・活用を公募条件に明記した点が大きな特徴である。

平成31(2019)年1月、横浜市は公募型プロポーザル方式による事業者募集を開始した。募集要項では、収益性に加え、関内・関外地区の回遊性向上、公共貢献、歴史的建築物である旧市庁舎行政棟の保存・活用が評価項目として設定された。令和元(2019)年7月までに3者が応募し、8月27日に応募者ヒアリングを実施、9月4日に審査委員会の答申を踏まえて事業予定者が決定された。代表企業は三井不動産で、鹿島建設、京浜急行電鉄、第一生命保険、竹中工務店、ディー・エヌ・エー、東急、星野リゾートを含む計8社の企業グループである。なお、提案された借地期間は、運営期間70年間に開業前工事期間と事業終了後工事期間を加えた合計78年間を想定しているものであった。
その後、令和元(2019)年12月に基本協定を締結し、令和3(2021)年9月30日に定期借地権設定契約および関連契約が結ばれ、事業は正式に開始された。計画では、旧市庁舎行政棟を解体せず、免震化を施したうえで保存し、ホテルおよび商業施設として再生することが示された。行政棟は「ザ・レガシー」と名付けられ、星野リゾートが運営する都市型ホテル「OMO7横浜」の主要施設として活用される構成である。

一方、新築部分では、地上33階建てのタワー棟やライブビューイングアリーナなどを整備し、業務、研究、観光、エンターテインメント機能を複合的に導入する計画とされた。令和4(2022)年7月1日に新築工事が着工し、令和5(2023)年12月に竣工、令和8(2026)年3月に「BASEGATE横浜関内」として開業した。建物の所有者は竹中工務店、東急、京浜急行であり、改修の設計・施工は竹中工務店である。なお、旧市庁舎行政棟は令和7(2025)年8月、戦後建築として初めて横浜市認定歴史的建造物に認定され、保存方針が制度的にも裏付けられることとなった。
当初設計者である村野藤吾(村野・森建築事務所)は、5者による指名コンペにおいて提示した案が「市の業務を能率的に運営ができ、堅実であると共に国際港都横浜市の象徴として品位あり、市民に親しまれ永く誇るに足る」ものと評価され選定された。施工は戸田組であった。

当初建築は、行政棟と行政棟より少し短い議会棟を公共的なスペース「市民広間」で繋ぐJの字型の構成であった。旧行政棟は鉄骨鉄筋コンクリート造8階建。外観は打ち放しコンクリートの柱・梁、壁面には褐色の特製厚型タイルが張られている。ファサードにはサッシ窓、無窓の壁面、バルコニーを設けている部分がランダムに配され、シンプルでありながら、単調とならない複雑な印象を持つ。柱も、上階に行くにつれて2階ごとに細くされており、上層が軽快となるよう細かな配慮が見られる。屋上部には魚網を模したという籠状円錐形の鉄塔があり「愛市の鐘」が吊るされていた。今回の改修ではその外観の大部分が保存された。建物上部に加わった「OMO7 Hoshino Resorts」のサインは、この名建築が新たな役割を得た証と言える。

名建築が息を吹き返す。村野藤吾の魂を継承した「OMO7横浜 by 星野リゾート」で過ごす1泊2日
目次
15:00|歴史の鼓動に触れるチェックイン - 1階
現在のJR根岸線・京浜東北線「関内駅」の開業は昭和39(1964)年であり、昭和34(1959)年の竣工当時には存在していなかった。そのため竣工時のメインエントランスは、みなと大通りと尾上町通りが交差する丁字路側に、2層だけ張り出した部分にあった。OMO7のメインエントランスも同様に設定されており、往時の利用体験に近い。
メインエントランスから建物内に入り、正面のフロントで手続きを済ませる。
エントランスを抜けると、そこには竣工当時の空気感が、現代の洗練されたデザインと見事に融合した空間が広がっている。

天井照明
天井を彩る円形照明は、旧本会議場に見られた円形照明を元に、成瀬・猪熊建築設計事務所が新たにデザインしたものだ。

拍子木タイル
村野による「拍子木タイル」をそのまま受け継いでいる(原位置保存、一部復元)。ヘリンボーン貼りは建物の外まで連続している。旧市庁舎の拍子木タイルを継承した部分と、忠実に再現された部分が混在しており、新旧で異なる質感や表情の違いを楽しめる。

青い磁器質タイル
旧市庁舎内で使用されていた艶のある青い磁器質タイルは一部を当時のまま活用。一枚ごとに色合いが異なり、深みを感じさせる。

大階段
旧市庁舎の象徴であった大階段。村野デザイン特有の、緩やかで優美な曲線が描く「用の美」は健在だ。昇り降りするだけで、かつての横浜の行政を支えた荘厳な歴史の重みが足裏から伝わってくる。この「大階段」を、新たに設けた吹き抜けに8段目の段部まで当時の大階段そのものを移設。8段目以降の踊り場や階段、および構造体は復元的再制作を行った。「階段の名手」と言われた村野の作品らしい緩やかな傾斜や、移設された使い込まれた木製の手すりなどが組み合わさり、見事に再現されている。

議会棟の椅子
かつての市議会議場で使用されていた椅子は、丸みを帯びた身体を包み込むフォルムはそのままに、ラウンジに合うよう脚部を更新してゲストを待っている。

時代を巡る「ハマイズムコレクション」
パブリックスペース「OMOベース」には、60年以上にわたる旧横浜市庁舎の構想と継承の歴史を紐解く「ハマイズムコレクション」が展示されている。旧市会棟本会議場の重厚な絨毯や、旧市民広間の大階段を彩った優美な手すりなど、かつての面影を残す展示物に直接触れることができる。村野氏デザインの時計を間近に眺めるひとときは、まさに時代を巡るタイムトラベルだ。

また、横浜で生まれた文化や歴史背景を知ることができる展示があり、横浜が発祥と言われている「ナポリタン」「あいすくりん」「牛鍋」「ハマトラ」などが紹介されている。

15:15|細部に宿る「村野の仕事」を辿る
客室へ向かう際も、階段や廊下など至る所に巨匠のこだわりが継承されている。是非、お気に入りの「レガシー」を見つけて欲しい。
階段
各階を結ぶ階段も巾木部分の人研ぎやダストシュートの痕跡など往時の様子をよく留めている。

こだわりの階数表示・客室番号
村野藤吾がフォントや造形にまで徹底してこだわったとされる「階数表示」が、大切に保存・再現されている。真鍮製の階数表示、丸みを帯びた独特の数字――こうした細部にこそ、巨匠の手仕事の痕跡が色濃く宿っている。改修にあたっては、残された数字デザインを継承・発展させ、「各階階数サイン」や「客室番号サイン」などに再デザインが施されている。再デザインにあたっては、村野藤吾のオリジナルデザインには存在しなかった「0」と「9」の数字が課題となったが、Togo Murano Archivesの村野朋子氏や、村野・森建築事務所で村野藤吾と共に活動していた鈴木志朗氏のデザインにより完成した。ホテル改修全体のコンセプトである「歴史継承・新旧融合」を、サインデザインの細部に至るまで具現化した取り組みである。


旧横浜市庁舎で使われていた時計
1階の「ハマイズムコレクション」だけではなく、至る所に旧市庁舎で使われていた時計がオブジェとして置かれている。一つ一つの小さい工夫が、レガシー空間としての調和に貢献しているように感じた。

15:30|客室:旧市庁舎の記憶を纏うプライベート空間
「OMO7横浜」の客室は全276室・9タイプ(20㎡〜73㎡)。ダブルルーム・デラックスルームを中心に、最大6名収容の「やぐらスイート」、最大4名利用の「かたりばルーム」、愛犬同伴可能な「ドッグフレンドリー」シリーズ3タイプがある。また、前述の通り旧横浜市庁舎のファサードはサッシ窓、無窓の壁面、バルコニーを設けている部分がランダムに配されいるため、結果として同じルームタイプでも開口部の取り付けが違い、さらに、旧横浜市庁舎内で使用されていた絨毯・タイル・議員席の色に由来するテーマカラー(赤・青・緑)が各部屋ごとに違うため、各部屋の個性となっている。
今回宿泊したのは、横浜公園側の客室で、外壁面は無窓、外壁に向かって左側が開放面となっていない。ルームタイプは「やぐらルーム」。テーマカラーは絨毯に由来する「赤」。居室の中央にロフトとなる「やぐら寝台」が組み込まれており、日中はソファのリビングスペースとダイニング空間で過ごすことができる。


16:00 | 2階ラウンジ:ほっとする時間をゆったりと
部屋で一度落ち着いた後は、夕食までに2階のラウンジでほっと一息。改修に伴い新たに設けられた吹き抜けを囲むように配置されている。1階と同じく議場の椅子を転用した椅子座り、「OMOベーカリー」でテイクアウトした飲み物やパンをゆっくりと楽しむことができる。「OMOベース」でゆっくり読書をするのも良いだろう。

OMOベーカリー
2階ラウンジに面してカウンターが開いている「OMOベーカリー」はオールデースタイルで焼きたてのパンを味わえる。サンドイッチなどの定番はもちろん、カレー伝来の地である横浜になぞらえた特製のカレーパン5 種もおすすめ。 コーヒーやスペシャルラテ、オリジナルドリンクと合わせてお楽しみいただきたい。

バルコニー
横浜市役所当時は市長室のバルコニーであり一般には開放されていなかった。外の空気を楽しみながら横浜公園の緑を眺めることができる。

エレベーター
2階のエレベーターまわりの青い磁器質タイルは原位置保存されている。3基のエレベーターは既存の壁と大理石の三方枠、および敷居の材を活かして原位置保存し、中のかごを新調した関係で、ドアパネル調整部分の納まりが左右非対称となった。インジケーターはオリジナルデザインをもとに新規で製作されている。
辻晋堂による「陶壁画」(タイルレリーフ)
彫刻家・辻晋堂の作品「海・波・船」が当時の位置のままOMOベーカリーの壁面に使用されている。タイルが重なり立体感のある泰山タイルアートは美しく迫力があり、土の力強さと、横浜の海や空を想起させる抽象的な造形が、空間に深い芸術性を添えている。この壁の裏側に、現代の美術タイル職人による、"レガシー"を引き継いだ壁画が新たに制作された。

辻晋堂による「陶壁画」を再構築した壁画「このさきゆくさき」
辻晋堂による泰山タイルレリーフの裏側には、美術タイル職人の白石普と吉永美帆子の両氏によるユニット・Euclidが手がけた壁画〈このさきゆくさき〉が展示されている。解体した辻作品のタイルを一部再利用して制作されており、横浜市のシンボル花である「バラ」を表現している。

OMOベース
ライブラリー機能を備えたパブリックスペース「OMOベース」の壁には、旧市民広間の2階に飾られていたアートワークと、旧庁舎のエレベーター前で使われていた天井照明を4基1セットで組み合わせて使用している。
奥のアートワークは横浜出身の画家、佐藤亜土の作品で、旧市民広場の議会棟側に備え付けられていたものを損傷部部を修復したのち移設したもの。
天井の照明はエレベーターホールに使われていた天井照明を集めてレイアウトしている。
2階のラウンジからは少し離れた空間で落ち着いて読書や作業ができる。

「OMOベース」入口引戸に取り付けられたZ字形の把手は、旧本会議場の扉で使われていたものを再利用している。

16:30 | 野毛ホッピングセレクション
午後4時30分から1階ラウンジの「Go-KINJO Map」前で「野毛ホッピングセレクション」が始まった。600店以上が連なる酒飲みの聖地「野毛」を半年かけて隈なく歩いたOMOレンジャーがおすすめのお店をゲストのリクエストに合わせて紹介する。紹介野毛にどっぷりハマる横浜の夜の楽しみ方も提案。メモがわりに使えるカードやQRコードもあり夜の散策に心強い味方となる。


19:00|夕食:開放感あふれるBBQ体験
夕食は一度ホテルを飛び出し、BASE GATE横浜関内のザライブ棟の屋上にある「THE BBQ BEACH」へ。港町・横浜の海風を肌に感じながら、厳選された食材をグリルで楽しむ。歴史的な重厚感に浸った後に、こうしたカジュアルで開放的なひとときを挟むのも、過去と未来の景色が重層的に重なる横浜の楽しみ方の一つ。店のテラスからは「OMO7横浜」も見ることができる。また、当日は横浜スタジアムの試合日で店内でも中継をしていたが、横浜スタジアムや階下で横浜スタジアムのライブ中継をしている「THE LIVE Supported by 大和地所」からの歓声が直接届き臨場感たっぷりに楽しめた。

21:30|屋上で体験する「気分上々、ハマナイト」
ホテルに戻り、宿泊者限定のルーフトップ「ハマカゼ(HAMAKAZE)テラス」で行われるイベントへ向かう。屋上の開放的なスペースで開催される「気分上々、ハマナイト」。横浜の夜景をバックに、ドリンクを片手にスタッフが奏でる音楽や語りに耳を傾ける。旧市庁舎の屋上という、かつては限られた人間しか立ち入れなかった場所で、夜風に吹かれる体験は格別だ。

当日は金曜日であったため午後8時と9時30分からはジャズの生演奏が行われた。取材班は午後9時30分の回に参加。横浜スタジアムでは試合が行なわれており、臨場感あふれる野球と生演奏を一度に楽しむことができた。試合は延長線の末に横浜DeNAベイスターズのサヨナラ勝ちとなり、花火もあがり、盛り上がりも最高潮に。参加者には横浜発祥の味にちなんで「ナポリタン」味のポップコーンが配られた。

愛市の塔
「ハマカゼテラス」からは、旧横浜市庁舎のシンボル「愛市の塔」を直近に見ることができる。横浜を愛する市民のために設置された屋上のシンボリックな塔。かつてこの地に魚市場があったことから、魚網をイメージしてデザインされている。

横浜市庁舎と横浜スタジアム
OMO7横浜として行政棟が活用されている旧横浜市庁舎の建物は横浜市庁舎としては歴代の7代目で、開港 100 年記念として建てられ、歴代の市庁舎のなかで最も長く使われた。
この場所には、そのほか2代目と4代目の市庁舎があった。
2代目は、開港50周年記念として明治44(1911)年に煉瓦造 3 階建て(設計は池田稔、施工は原木仙之助) 建てられたが、わずか12年で関東大震災により倒壊した。
4代目は、木造2階建てであり、歴代市庁舎で2番目に長く使用されたが、、昭和20(1945)年の横浜大空襲で被災焼失した。

もう一方の横浜公園は、横浜スタジアムが立つ横浜公園の地は、日本の野球史において聖地とも呼べる重層的な歴史を刻んできた。その始まりは明治時代、外国人居留民のためのクリケット場として誕生したことに遡る。その後、昭和4(1929)年に「横浜公園球場」が完成し、本格的な野球場としての歩みを開始した。昭和9(1934)年にはベーブ・ルースやルー・ゲーリッグを擁する全米大リーグ選抜チームが来日し、全日本チームと対戦した歴史的な舞台となった。
戦後、球場は連合国軍に接収され「ルー・ゲーリッグ・スタジアム」と改称される。返還後の昭和30(1955)年には、戦後のプロ野球界を象徴する伝説的投手、ヴィクトル・スタルヒンがこの地で通算300勝の金字塔を打ち立てた。この偉業を称え、一時は「スタルヒン球場」という愛称で親しまれた時期もあったが、正式には「横浜公園平和野球場」と命名され、市民の娯楽の場として定着していった。

しかし、老朽化が進んだ平和球場はプロ興行に耐えうる規模ではなく、新たなスタジアムの建設が急務となった。市民による株主公募という全国でも珍しい方式で資金が集められ、昭和53(1978)年に日本初の多目的スタジアム「横浜スタジアム」が誕生した。昇降式のマウンドや人工芝を備えた最新鋭の施設として、大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の本拠地となったのである。
平成から令和にかけて、スタジアムはさらなる進化を遂げた。令和3(2021)年の東京五輪では野球・ソフトボールのメイン会場として使用され、世界的な注目を浴びた。現在は「コミュニティボールパーク」化構想のもと、増築・改修工事を経て収容人数を増やし、街のシンボルとして新たな時代を歩み続けている。
翌朝 07:30|「OMOダイニング」で横浜の朝を味わう
清々しい朝の光が差し込む「OMOダイニング」で朝食を摂る。「海鮮ドリア」や「中華点心」など横浜をイメージしたメニューが並び、当初建築を大胆にアレンジした贅沢な空間を感じながらいただく食事は、一日の始まりを最高の形にしてくれる。



09:00|建築の真髄に触れる「レガシーウォーク」
朝食後は、館内を回遊しながら建築の歴史的ディテールを深く掘り下げる「レガシーウォーク」へと繰り出す。当日のガイドはこの日がデビューとなったOMOレンジャー「はなさかちゃん」。

まずは50分かけて「みなと大通り」から「日本大通り」を巡り、「横浜三塔」の由来や魅力、エピソードを紹介された。写真を撮るときの掛け声「ハイ!レガシー!」も気分を盛り上げていく。クイズやトリビアなどを織り交ぜ、とても解りやすいガイドであっという間に時間が過ぎてしまった。

OMO7横浜の館内に戻ったあとも、建物の随所に隠された建築的な意図や、保存・修復のストーリーが紹介され、昨日のチェックイン時には気づかなかった細かな意匠の意味が紐解かれていく。この歩みを通じて、知れば知るほどホテル滞在がより味わい深いものに、そしてこの先の街歩きがより解像度の高いものへと変わっていくだろう。
ガイドの最後には、レガシーウォークを体験して「レガシーマスター」のシールが配られた。

11:00 | チェックアウト
「OMO7横浜」は、単なるリノベーションホテルではない。村野藤吾という一人の巨匠が建物に込めた美学を、星野リゾートが「旅人へのホスピタリティ」として翻訳し直した空間であった。
建築好きならずとも、その細部に宿る「用の美」に触れれば、横浜という街がより一層愛おしくなるに違いない。建物は守るだけではなく、使われてこそ真に輝く。旧横浜市庁舎の第2の人生を、ぜひその身で体感していただきたい。













































































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