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[開港5都市]景観まちづくり会議2023函館大会 - 01【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】

更新日:2023年9月26日


<開港5都市景観まちづくり会議>


開港5都市景観まちづくり会議は、安政の修好通商条約により日本最初の開港地となった5都市(函館、新潟、横浜、神戸、長崎)の市民団体が集い、景観、歴史、文化、環境などを大切に守り、愛着をもって育て、個性豊かで魅力あるまちづくりを行うため、互いにに交流を深め、情報交換を行い、課題を共有、協議する場として平成5(1993)年、神戸から始まった会議である。

その後、毎年各都市において順(神戸 - 長崎 - 新潟 - 函館 - 横浜)に会議が開催され、その成果はそれぞれの活動に活かされ、市民団体相互の交流も盛んに行われるようになっている。横浜も第1回大会から参加しており、第5回(1997)、第10回(2004)、第15回(2009)、第20回(2014)、第25回(2019)大会を地元で開催し、各都市の市民団体を迎え、交流を続けてきた。

会議名は「景観まちづくり」となっているが、景観やまちづくりに特化していない多様な市民活動も対象としており、その中でも「歴史を生かしたまちづくり」は、重要なテーマの一つとして、各大会において分科会等で取り上げられてきた。

今年、令和5(2023)年は、函館で開催予定となっている。

参加者募集情報によると「原点・いま・そして、その先へ ~5都市の対話による未来のデザイン~」を全体の大会テーマとし、令和5(2023)年9月9日(土)〜11日(月)の日程で、基調講演、活動報告、8コースのエクスカーション(分科会)などが実施される予定となっている。今後の横浜・神奈川の歴史を生かしたまちづくりを伝えていく上でも、参考となる議論や事例の紹介も期待される。

また、今回のテーマにある通り分科会では「意見交換(対話)」も予定されていおり、そこでの各都市相互の知見の集積にも期待したい。

[THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA]は一昨年の長崎大会、昨年の新潟大会に続いて、歴史を生かしたまちづくりをテーマとした市民webメディア団体としてこの会議に参加する。

今後、この大会を通じて、横浜と同じ「開港の地」である各都市の「歴史を生かしたまちづくり」に関する情報についても、このサイトをご覧いただいている皆様にお届けしたいと考えている。



<開港5都市・函館とは>

享和2(1802)年、函館に奉行所が置かれ、安政5(1859)年には横浜、長崎とともに開港し貿易を開始。箱館には港からさまざまな国の文化が入り込み、洋館や教会、和洋折衷の住宅などがつくられた。函館市の西部地区には、当時をしのばせる異国情緒たっぷりの街並みが残っている。

元治元(1864)年には箱館の防備強化を図るため、箱館奉行所は日本初の洋式築造城郭「五稜郭」に移転した。五稜郭は、明治元(1868)年、旧幕府軍と明治政府軍による戊辰戦争の最後の戦い「箱館戦争」の舞台でもある。

明治以降は、開拓使函館支庁が置かれるなど、政治、経済、文化の中心地として栄えるとともに、北洋漁業の基地や北海道の玄関口として発展を続けてきた。 三方を海に囲まれた地理的条件から風が強く、一度、火災が発生すると大きな被害に見舞われており、明治40(1907)年の大火では、建物の大半が焼失した。しかし、復興の際には、開港以来の異文化の流入と、その中ではぐくまれてきた市民意識をあらわすように、洋風様式や上下和洋折衷様式の民家などが数多く建てられた。元町や末広町を中心に、現在もその多くが当時の姿を残しており、坂道などと一体となって異国情緒豊かな町並みが形成されている。 また、毎年実施されているイベント「西部地区バル街」は、町並みを楽しみつつ飲食ができるイベントとして人気を博しているほか、市民による歴史的建造物の保全活動や市内の大学と連携したまちづくりの取組等が行われている。



<函館市の景観まちづくり・歴史を生かしたまちづくり>


・函館市西部地区歴史的景観条例の制定

函館市の歴史的景観保全に対する取組は早く、昭和63(1988)年の「函館市西部地区歴史的景観条例」を施行まで遡る。

現在、元町公園で活用されている旧北海道庁函館支庁舎が、北海道開拓の村へ移転する話が持ち上がり、これを知った市民から「函館の歴史的建造物は現在の場所に存在してこそ、歴史を語り、価値があるのではないだろうか」という投書が新聞に掲載された。この投書をきっかけに、函館の歴史的建造物はどうあるべきかという議論が活発化し、今も活動を続ける「函館の歴史的風土を守る会(通称「歴風会」)など、市民団体が相次いで結成された。

こうした市民側の盛り上がりも後押しとなり、昭和57-58(1982 - 1983)年には西部地区伝統的建造物群の調査が実施され、昭和61(1986)年に都市景観保存対策事務局を設置、函館市歴史的景観条例検討委員会を立ち上げ、翌年には説明会の開催など、地元の理解や市民への啓発活動を行い、昭和63(1988)年に「函館市西部地区歴史的景観条例」を施行した。全国でも先進的な取組みと言える。

これは、歴史的建造物群が多く残る函館山の麓約120haの地区について、周囲の景観と調和した 町並みを守っていくために、まちのシンボルである函館山の稜線を隠さないという考え方に基づいて一定の高さ制限をかける内容であった。

この条例で指定した120haのうち約14.5haを伝統的建造物群保存地区に指定。平成元(1989)年には道内で唯一、全国29番目の重要伝統的建造群保存地区となった。

平成7(1995)年には全市域を対象とした「函館市都市景観条例」に、平成20(2008)年には自主条例から景観法に基づく条例として改正、施行するとともに景観計画が策定された。

条例では、都市景観は市民が共有する財産であるという共通認識と、市民の主体的な参加が必要であり、行政と市民、事業者などが、それぞれの役割を充分に認識しながら、一体となって都市景観の形成を進めていくことを基本とし、「基本原則」「 市の責務」「 市民・事業者の責務」の3 つの原則と 、「総合的な施策の推進」「景観形成地域の指定」「景観形成指定建築物の保全」「大規模建築物等の景観誘導」「伝統的建築物群保存地区の指定」「景観協定の認可」「景観形成市民団体の認定」「表彰・助成・技術的援助」「都市景観審議会の設置」の9 つの方策により構成されている。

条例の成り立ちや構成から、函館市が景観形成の取組の中で歴史を生かしたまちづくりを重要視しているかが伺える。

近年の動向として、函館市は将来にわたって持続可能な西部地区ならではの暮らしと風景を構築していくため、令和元(2019)年7月に函館市西部地区再整備事業基本方針を策定し、あわせて令和元(2019)年10月1日付で都市建設部に「函館市西部まちぐらしデザイン室」を設置、さらに函館市および函館商工会議所を発起人として,令和3(2021)年7月に「株式会社はこだて西部まちづくRe-Design」(HweR)が設立された。

「株式会社はこだて西部まちづくRe-Design」では「共創のまちぐらし推進プロジェクト」、「既存ストック活性化プロジェクト」、「町会活性化プロジェクト」の3つを重点プロジェクトとして「函館市西部地区再整備事業」を進めることとしている。


西部地区都市景観形成地域の範囲


・市民活動による景観まちづくり

旧北海道庁函館支庁舎の移転問題は、市民の意識を啓発し、市民自らがまちの環境をみつめる機会を与え、その後の広範なまちづくり市民活動につながっていった。

個別課題に対する対応としては「青函連絡船を守る会」(昭和57-63(1982 - 1988)年)、「谷地頭小学校校舎の保存活用をすすめる会」(平成元 - 6(1989 - 1994)年、「函館西部地区の高層建築を考える会」(平成2(1990)年 - )などがあり、その時々のまちづくりにつながる課題を、市民が自らの問題として捉え、議論し、行政などに対策を求める活動として展開されてきた。

このような市民の自発的な活動は、新たなイベントとしても表れるようになる。特別史跡五稜郭跡を舞台に、まちの歴史を素材に市民が演じる「市民創作函館野外劇」(昭和63(1988)年から)、五稜郭跡のイルミネーションによる夜間演出「五稜星(ほし)の夢」(平成元(1989)年から)、市民総参加で夜景を豊かに輝かせようとする「函館・夜景の日」(平成3 - 12(1991 - 2000)年)と、市民が発案し、自ら実践するイベントがあいついで誕生した。

西部地区では、旧函館郵便局(現「はこだて明治館」)の再生活動に携わった村岡武司氏等のメンバーが中心となって「元町倶楽部」(昭和61(1986)年から)が結成(「結成」としたがホームページ(ギャラリー村岡HP)によると会則、会費や会員名簿のない緩やかな組織とのことである。)される。

元町倶楽部では、函館市が西部地区の景観条例を施行した昭和63(1988)年から、洋館の色に着目した自主的な研究を始める。この色彩研究活動(昭和63 - 平成3(1988 - 1991)年))は「函館の色彩文化を考える会」の活動へ発展し、平成3(1991)年にトヨタ財団が主催した「身近な環境を見つめよう」研究コンクールで最優秀賞を受賞。この時の助成金を原資として、わが国初の市民グループによるまちづくり公益信託「函館色彩まちづくり基金」の設定にまで至り、同基金によって、町並みペンキ塗り替え活動や地域の活性化策の検討など、市民や学生たちによる多彩なまちづくり活動への支援がおこなわれている。


市民創作函館野外劇


<歴史を生かしたまちづくりに関する活動>

・旧北海道庁函館支庁庁舎

旧北海道庁函館支庁庁舎は函館市西部地区の元町公園に位置する、明治42(1909)年竣工の洋風建築物である。設計は北海道庁技師家田於菟之助。屋根窓や、柱頭飾りのあるコリント式の柱をもつなど、洋風建築の好例であり、北海道の開拓史上からも特に重要な建物として、昭和60(1985)年に北海道指定有形文化財に、昭和63(1988)年に伝統的建造物に指定されている。

函館区が函館市となった大正11(1922)年から昭和25(1950)年まで北海道庁渡島支庁庁舎として、その後は北海道関係施設として昭和32(1957)年まで使用された。以後は、函館市の所有となり、准看護婦養成所や失業対策事業の作業所を経て(函館市外への移転を免れ、当時造成中であった元町公園内での移動に収まった顛末は市民活動の項での記述の通りであるが)、函館市写真歴史館、函館市元町観光案内所、元町公園パンフレットブースとして活用されてきた。

令和4(2022)年8月、「株式会社はこだて西部まちづくRe-Design」による函館市西部地区再整備事業のリニューアル物件の第1号としてJolly Jellyfish元町公園店となる。Jolly Jellyfishは、昭和57(1982)年函館西部地区発祥のアメリカンダイナーで、看板メニューの「ステーキピラフ」は函館市民のソウルフードの一つとなっている。


出典:函館市公式観光HP

・旧函館郵便局(はこだて明治館)

函館における歴史を生かしたまちづくりに関する特徴的な取組の一つは、民間事業により歴史的建造物を喫茶店やペンション、レストラン、工房、資料館などに転用しながら再生していく活動である。昭和40年代から一部に見られたが、昭和50年代の後半以降は急速に増えている。その象徴的なものが旧函館郵便局(現・はこだて明治館)である。

旧函館郵便局は、明治44(1911)年、函館郵便局として建築された木骨煉瓦造2階建の洋風建築。設計は逓信省技師の吉井茂則。施工は猪之橋組。郵便局の移転に伴い、昭和37(1962)年、民間に払い下げられ、商社の事務所・倉庫などとして再利用されていたものを、昭和58(1983)年、地元の工芸家協同組合「クラフトマンユニオン」が中心となって「ユニオンスクェア」として再生された。

現在は「はこだて明治館」と改称し、土産品などの販売が行われており、内部で迫力のある木骨のトラス構造を見ることができる。


・函館市青函連絡船記念館摩周丸

摩周丸は、昭和40(1965)年に建造された津軽丸型5番目の高速自動化船連絡船で、昭和63(1988)年3月13日の青函トンネル開通とともに廃止されることとなった青函連絡船の最後の日まで運航し、現在は「函館市青函連絡船記念館摩周丸」として実際の乗り場であった旧函館第二岸壁に係留・保存して公開されている。

青函連絡船最後の終航後、昭和63(1988)年 6月3日から9月18日まで開催された青函博(青函トンネル開通記念博覧会)から函館港に係留され展示船となり保存されることとなり、改修工事を経て平成3(1991)年に「メモリアルシップ摩周丸(所有運営 ・函館市とJR北海道を主とした第三セクター、株式会社函館シーポートプラザ)」としてオープンした。

しかし、函館シーポートプラザは、あわせて運営していた隣接商業施設(ピアマーケット)のテナント撤退により経営が行き詰まり、摩周丸は平成14(2002)年、函館市に譲渡され、再び改修工事が行われ、平成15(2003)「函館市青函連絡船記念館摩周丸(運営・財団法人函館市文化・スポーツ振興財団)」として再開業した。

その後、指定管理者制度が導入に伴い、平成17(2005)年から株式会社ワールドクラシックカーミュージアム函館が運営することになるが、指定管理期間終了とともに平成20(2008)年3月で閉館、同年4月から、特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡船の会が指定管理者となった。

船内には、船長が指揮を執った操舵室・無線室を現役そのままに再現した「操舵室・無線室」や青函連絡船の就航時に使用され、長い歴史を伝える珍しい資料などが展示された「青函連絡船のあゆみコーナー」のほか、大きな船の構造が模型や映像で手に取るようにわかる「船のしくみ展示室」や函館港と函館山を一望できる「シーサイドサロン」などが設けられている。

なお、摩周丸と可動橋は、青森の八甲田丸、可動橋と1組で、日本機械学会の「機械遺産」(2011年度)に認定されている。


出典:函館市公式観光HP

・世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」

北海道南部と北東北は、津軽海峡を挟みながらも円筒土器文化や十腰内文化など、縄文文化全般を通じて同一の文化圏を形成していた。 「津軽海峡文化圏」とも呼ばれるこの地域には、世界最古級の土器が出土しているほか、日常使用した生活道具に加え、精神性・芸術性に富んだ土偶や装飾品などが数多く見つかっている。「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、「定住の始まりから成熟した社会の様子や人々の生業など生活の実態を示す遺跡(集落跡,貝塚,低湿地遺跡)」と、「精神文化の発展や充実を示す記念物(環状列石、周堤墓)」など1万年以上にわたり続いた縄文文化の変遷を具体的に示す、代表的な17の遺跡で構成されている。そのうち、函館市内からは国指定史跡となっている「大船遺跡」と「垣ノ島遺跡」が構成要素となっている。



これらの歴史的資産の保全活用をはじめとした歴史を生かしたまちづくりに関する情報共有が開港5都市景観まちづくり会議で情報共有されることを大いに期待したい。


〈参考文献等〉

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