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[開港5都市]開港5都市景観まちづくり会議2026長崎大会 - 03 全体会議Ⅰ・前半(開会・基調講演)【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】速報

11 時間前
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長崎県美術館外観
長崎県美術館外観

開港5都市景観まちづくり会議、始まる


令和8(2026)年10月31日(土)、いよいよ「開港5都市景観まちづくり会議2026長崎大会」が始まった。大会は3日間開催され、初日は全体会議1(開会式・基調講演・パネルディスカッション)、ウェルカムパーティー、2日目はテーマ分科会、昼食会、行政会議、まちあるき分科会、プレゼン大会、3日目は代表者会議、全体会議2(分科会報告・閉会式)、FG会議、それに複数のオプショナル企画で構成されている。



全体会議1の会場は、「長崎県美術館ホール(長崎市出島町)」である。三方をガラスのカーテンウォールに囲まれたエントランスロビーが、明るく開放的な雰囲気で各都市の参加者を迎える。

長崎県美術館は、長崎市出島町の長崎水辺の森公園に隣接して建つ県立美術館で、平成17(2005)年4月に開館した。収蔵の柱は、長崎ゆかりの美術と、外交官・須磨弥吉郎が収集した「須磨コレクション」を中心とするスペイン美術であり、日本有数のスペイン美術コレクションを有することで知られている。

整備の背景には、昭和40(1965)年開館の長崎県立美術博物館の老朽化と、長崎港周辺の再開発があった。平成12(2000)年に県と市が「諏訪の森再整備に関する基本方針」を公表し、新たな文化拠点として美術館整備を推進。公募型プロポーザルにより、株式会社日本設計と建築家・隈研吾氏が設計者に選定され、平成17(2005)年に開館した。

建築は、運河を挟んで東西2棟を配置し、「橋の回廊」で結ぶ独創的な構成が特徴である。隈研吾氏は「呼吸する美術館」をコンセプトに掲げ、公園や港の景観と一体となった開放的な空間を実現した。

当日は「Hello Kitty展 -わたしが変わるとキティも変わる-」が企画展として開催されていた。



開館後は展覧会や教育普及活動、コンサートなど多様な文化事業を展開し、市民や観光客が集う交流拠点として活用されている。また、建築そのものも高く評価され、グッドデザイン賞、日本建築家協会賞、日本建築学会作品選奨など国内外の数多くの賞を受賞している。長崎港の景観と調和した文化施設として、長崎を代表する現代建築の一つに数えられている。

実行委員会のメンバーが受付を行なっている。また、会場内のブースセッションでは恒例の大会Tシャツの販売のほか、函館タータングッズなど各都市のグッズ、直前に若手有志によって作成された開港5都市の偏愛をテーマにしたZINEなども販売されていた。

会場内では横浜、神戸、新潟、函館からの参加者に加え、開催都市である長崎市で募集した一般参加者も含め、約150名が集まり、それぞれに挨拶を交わしていた。



開会

定刻になり全体会議Ⅰが始まる。司会は長崎を拠点に活動しているフリーアナウンサーの前田真里氏。


主催者挨拶:桐野耕一氏(2026長崎大会実行委員会委員長)

各都市、遠くからお越しいただきありがとうございます。長崎で開港5都市会議が行われるのは7回目。20年前から深く関わるようになった。振り返ると、2011年大会は東日本大震災の年で開催も危ぶまれたが、厳しい状況だからこそ各都市と交流を深めたいと勇気を持って開催した。2016年大会は、この長崎大会で「FG会議(フューチャー・ジェネレーション会議)」が生まれ開港都市会議にとって大切なターニングポイントとなった。今や、FGなくして開港5都市会議は成り立たないというほどの活躍を見せてくれている。

2021年大会は、長崎の開港450年の年で、コロナ禍の中だったが、何とか会議を続けようと、オンラインも活用して開催した。そして今年2026年、7回目を迎えた。

この5年間で、長崎の街は大きく変わった。西九州新幹線が開業し、出島メッセ長崎や世界的ブランドのホテルが進出し、新しい商業施設もできた。長崎で言えば「100年に一度」と言われる街づくりが進み、何といっても長崎スタジアムシティの開業により、スポーツやエンターテインメントを通じて、新たなにぎわいと交流が次々と生まれている。

しかし、街の姿がどれだけ変わっても、積み重ねてきた歴史や文化、人の営みを大切にし、その魅力を次の世代に伝えていくことは、これからの街づくりでも変わらない大切な使命であると考えている。

こうした思いを込めて、今回は「『つながりをデザインする』〜持続可能な都市コミュニティの形成」をテーマに掲げた。新たな交流と連携のきっかけを生む機会になればと思っている。また今回は、開港都市だけでなく、長崎近郊の港町にも声をかけ、交流の輪を広げたいということも一つのテーマとしている。

最後に、今回の開催にあたり、関係者・実行委員の皆さん、特に長崎市景観推進室の皆さんに大変お世話になった。

参加された皆様にとって、有意義で楽しい長崎の時間となりますことを祈念して、実行委員長のご挨拶とする。


開催都市挨拶:鈴木史朗(長崎市長)

この「開港都市まちづくり会議2026 長崎大会」が、北は函館、新潟、そして横浜、神戸からもたくさんの皆様をお迎えして、このように盛大に開催されますことを、まずは心からお喜び申し上げる。

私はもともと国土交通省に勤務していた。地方勤務はあまり多くなかったが、勤務した場所のうち2か所が横浜と神戸だった。函館、新潟にも出張で何度も訪れたが、やはり開港都市は共通する部分を強く感じます。こうした都市が、つながりを大切にしながら、それぞれ発展してきたのだと思う。

今回のテーマは「『つながりをデザインする』〜持続可能な都市コミュニティの形成」である。長崎はつながりを大切にしてきた街。江戸時代には、我が国唯一の海外への窓口として、人も文化も、あらゆるものが出島から入ってきた。それが日本各地のものとつながり、新しい価値を生み出してきた。

開港都市・港町が、どのように交流を進め、そのつながりによってどのような好循環を生み出していくか。今こそ改めて見直すタイミングではないかと考えている。是非、この観点から、それぞれの立場で意見交換を行い、新しい化学反応を起こしながら、新しい価値を作っていただきたい。

この3日間、長崎の街を存分に感じていただけるプログラムを多数用意した。是非、活発にご意見をいただき、長崎も大いに楽しんでいただきながら、有意義な3日間にしていただきたい。長崎は今、「100年に一度」と言われる街づくりの変革期にあり、新しい街の基盤ができてきています。古くからの歴史・伝統という基盤と、新しい息吹。その両方の魅力が融合する、このつながりも、ぜひ皆さんにご覧いただければと思う。

結びに本会議のご成功と、開港都市のますますのご発展を祈念する。


鈴木史朗長崎市長
鈴木史朗長崎市長

基調講演:「景観・歴史まちづくりの展望」


基調講演の講師は景観・まちづくりの第一人者、西村幸夫氏(東京大学名誉教授・國學院大学名誉教授)。


西村幸夫氏(東京大学名誉教授・國學院大学名誉教授)
西村幸夫氏(東京大学名誉教授・國學院大学名誉教授)

開港5都市の空間の物語

色々なまちづくりを手伝ってきたが、最近は空間の物語(ナラティブ)を繋いでいくこと考えている。

そこで空間の物語を伝えていくための本を2冊書いた。1冊は47都道府県庁所在地の物語「県都物語」、もう1冊、城下町など都市の類型ごとに物語を書いた「都市物語」。そこで函館も取り上げたので、開港5としは全て取り上げたことになる。


港の個性を考える

港町は他地域の港とのネットワークの中で成り立つ。鉄道ができる前は船が最大の輸送手段で、港が経済・文化の中心だった。

川港の新潟は土砂の堆積で街を変えざるを得ない課題がある。海岸線の変化も立地に影響する。

開港都市と言えば函館・新潟・横浜・神戸・長崎だが、実際はそれ以外にも含め約22港ある。開港都市というブランドを5都市に限るのはもったいない。那覇なども含めて交流したらどうか。


港町の形態

中世には内陸へ向かう縦軸(フォーク状)が主で、これは領主が流通をコントロールしていたから。近世になって商人が力を持ち、自主的に町を管理するようになると、横軸の通りが主となった。

横に平らに広がる姿は、商業者が対等に並ぶ民主的な社会を表している。しかし、明治期に入って、縦軸の構造が重要になった。

港町の構成要素として、船着場・荷揚げ場・船を修理する場所など複数の要素がある。



開港5都市の空間構造の比較

共通して見えるのは、「港(税関)に突き当たる縦の軸」と「港沿いの横軸」の関係。

長崎が最も古く、16世紀後半に計画的に作られた町。平戸からポルトガル船が来て、長崎街道を背骨に、山側に寺院が並ぶ構造。長崎街道、教会、県庁、市役所へ、という軸が都市構造上の背骨で、本来は県庁側の軸の方が重要。通りの名前「市役所通り」も、歴史的な軸に見合うものを付けてもよいのでは。

新潟、は信濃川の川港。川に平行して街ができ、水路(堀)のネットワークが発達。アムステルダムのような港湾の仕組みは持たず、外から荷物を積み下ろす形。

函館は、近代以前から街が成立。大火の後に、坂道(縦軸)を中心とした街に再編された。横浜と函館はよく似ており、港に税関、その背後に公園・役所があり、商業の軸と行政の軸が分かれる。

横浜は神奈川宿を避け、人工的に造成した吉田新田に外国人居留地と日本人街を設けた。日本大通りが県庁へ続き、外国人居留地は広大な土地を確保できた。

神戸は、既存の兵庫の町から離れた場所に居留地を作り、次第に街がつながった。居留地は範囲が限られ、外側の北野などへ外国人が広がった。行政施設は外から徐々に居留地に近づき、市役所が最後に移ってきた。

各都市で税関の位置、街道や公園との関係を見ると、近代の政府が縦軸を作ったという共通点が見える。



道路元標と「場所の意味」

各市町村の道路の起点に置かれる道路元標を紹介。長崎では長崎街道の突き当たり(旧県庁付近)にあり、「長崎まで○km」の起点にあたる。神戸(兵庫駅南口近く)、函館、新潟(本町交差点付近)にもある。

こうした場所の意味を知り、見えるようにすることが大切。そうすれば、そこに背を向ける建物を建てるのはまずいというような「ネガティブチェック」が働く。正解を一つ作るのは難しくても、「積み重ねてきたことと違うことはまずい」と判断できる。



まとめ:都市の物語を次の世代へ

都市は世代ごとの努力が積み重なった蓄積。私たちの世代も、私たちの章を書いて次の世代につなぐ。そのためには、これまでの物語を正しく理解し、それに合う形で自分たちの章を作ること。新しくても構わないが、その新しさが物語を引き継ぐものでなければならない。

私たちは物語の「書き手」であり、「主人公」にもなれる。ただし次の世代から見て「前の時代の積み重ねとずれている」と思われないよう、先人へのリスペクトを持ちつつ、自分たちの世代の創造性を発揮することが大切。

歴史まちづくりとは「都市の物語を私たちの世代が書き継ぐこと。そのためには過去の物語を知らなければならない。」



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