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[レポート]コンサート in ヘリテイジ ピアノが案内する横浜の歴史とまち Vol.11【公益社団法人横浜歴史資産調査会】

会場のベーリック・ホール
会場のベーリック・ホール

コンサート in ヘリテイジ ピアノが案内する横浜の歴史とまち Vol.11


令和8(2026)年2月1日、「コンサート in ヘリテイジ ピアノが案内する横浜の歴史とまち Vol.11 」が横浜市山手町・元町公園内の西洋館ベーリック・ホール(横浜市認定歴史的建造物)のホールで開催され約50人が参加し、歴史的建造物での音楽を楽しんだ。

「コンサート in ヘリテイジ ピアノが案内する横浜の歴史とまち 」は横浜の歴史的建造物やまちの魅力をピアノの音色で伝えるコンサート。平成24(2012)年から後藤泉氏のピアノ演奏、長谷川正英氏の解説のコンビで続いており、今回で11回目。主催は公益社団法人横浜歴史資産調査会。後援はベーリック・ホールなどの山手西洋館の指定管理者である公益財団法人横浜市緑の協会。横浜歴史資産調査会の行政側のカウンターパートナーである横浜市都市整備局都市デザイン室が協力しているほか、「お菓子を通じて横浜の歴史・文化を継承する」を企業理念とする株式会社三陽物産が協賛し、参加者に横浜三塔をモチーフとしたお菓子「横浜三塔物語スティックケーキ」が配られた。


開会

米山淳一氏(公益社団法人横浜歴史資産調査会常務理事)
米山淳一氏(公益社団法人横浜歴史資産調査会常務理事)

米山:皆さま、ようこそお越しいただきました。このベーリック・ホールは、アメリカ人設計者J.H.モーガンが手掛けたスパニッシュ様式の傑作で、現在は横浜市が大切に保存しています。モーガンは丸ビル設計のために来日し、横浜でも山手111番館や横浜山手聖公会など多くの名建築を残しました。現在、私たちは藤沢市にある消失した彼の自邸の再建活動にも取り組んでいます。ベーリック・ホールや横浜市イギリス館を使って続けてきたこのコンサートも、皆様のおかげで11回目を迎えることができました。ありがとうございます。

今日は、後藤泉さんの演奏と、音楽の知識が豊富で、私たちが「横浜の芥川也寸志」と呼んでいる横浜市職員の長谷川正英さんに解説で、楽しく音楽の勉強をしたいと思います。

続いて、本館を管理する降籏館長と山手西洋館7館を統括する公益財団法人横浜市緑の協会の大橋事務所長から一言いただきます。


降籏美樹氏(ベーリック・ホール館長)
降籏美樹氏(ベーリック・ホール館長)

降籏:本日はお忙しい中、お越しくださいまして、ありがとうございます。ベリック・ホールは現存する戦前に山手地区に建てられた外国人住宅として最大規模を誇ります。2階にはベリック氏に関する展示もございますので、ぜひ演奏後にご覧ください。


大橋早苗氏(公益財団法人横浜市緑の協会山手西洋館事務所所長)
大橋早苗氏(公益財団法人横浜市緑の協会山手西洋館事務所所長)

大橋:窓の向こうに白い建物はエリスマン邸で、カフェもございます。現在は「山手芸術祭」の期間中でもありますので、パンフレットを手に、ぜひ他の館の催しも楽しんでいただければ幸いです。


米山:ありがとうございます。本日の公演の主催は私どもですが、横浜市緑の協会に後援、三陽物産さんに協賛、また、横浜市都市デザイン室に協力いただいています。横浜市都市デザイン室の馬場室長もお越しくださっています。一言ご挨拶をいただけますでしょうか。


馬場明希氏(横浜市都市整備局都市デザイン室長)
馬場明希氏(横浜市都市整備局都市デザイン室長)

馬場:ご紹介いただきました馬場です。我々都市デザイン室では、横浜の貴重な財産である「歴史的建造物」の認定を行っております。今皆さまがいらっしゃるこの「ベリック・ホール」も、私たちがその価値を認め、認定させていただいている建物の一つです。これからも、こうした素敵な建物を次の世代へしっかりと残していけるよう尽力してまいります。


米山:ありがとうございます。それではみなさまお待ちかね後藤泉先生と長谷川さんをお呼びします。みなさん拍手でお迎えください。


演奏:アイルランド民謡:サリー・ガーデン

冒頭「サリーガーデン」を演奏する後藤泉氏
冒頭「サリーガーデン」を演奏する後藤泉氏
解説の長谷川正英氏とピアノ演奏の後藤泉氏
解説の長谷川正英氏とピアノ演奏の後藤泉氏

長谷川:みなさまこんにちは。私は先ほどご紹介いただきました長谷川です。よろしくお願いいたします。1曲目はアイルランド民謡の『サリー・ガーデン』でした。この曲の紹介をお願いします。


後藤:改めまして、後藤泉です。みなさま本日はこのコンサートにお越しいただきありがとうございます。私もこのコンサートが11回目ということで楽しみにしております。この曲は古くから農作業の際などに歌われてきたものです。歌詞には、若い男性が年上の女性に恋をし、積極的に伝えるものの、女性から「恋はゆっくり(柳の葉が木に育つように)」と諭される切ないシーンが描かれています。結局、その恋は実らなかったのですが、後からその日々を懐かしむ、非常に美しい情景の歌です。


長谷川:柳はカゴ細工などの道具に使われる柔らかい木で、アイルランドの村々には柳の畑があり、そこが恋人たちの逢引きの場だったという話もあります。来年、横浜で開催される「GREENxEXPO2027」にちなんだ曲として演奏していただきました。横浜では、明治初期に馬車道へ日本初の街路樹として柳が植えられた縁があります。また、アイルランドとの繋がりで言えば、山手に駐屯していたイギリス軍楽隊のフェントン氏(アイルランド出身)が、初代『君が代』を作曲したことや、毎年3月に元町で行われる「セント・パトリック・デー・パレード」も有名ですね。そういうことで、1曲目は『サリー・ガーデン』を演奏していただきました。

続いてはグリーグの「ペール・ギュント」です。実は今年は「昭和100年」にあたる節目の年でもあります。音楽界ではNHK交響楽団の前身である「新交響楽団」の創立から数えて100年を迎えます。それ以前にも大正4年には、三菱の岩崎(小弥太)が出資し、山田耕作が率いる日本初のオーケストラ「東京フィルハーモニー会管弦楽団」が誕生しています。山田耕作氏はトラブルメーカーでよく揉め事を起こしており、この楽団も金銭関係の問題から数年で解散しています。しかし、そのわずかな活動期間の間の、大正5年の夏には、鶴見にあった遊園地「花月園」で山田耕作指揮の二夜にわたって演奏会が開かれており、その演目の一つがこの「ペール・ギュント」だったのです。


後藤: この曲はノルウェーの作家イプセンの戯曲に、グリーグが音楽をつけたものです。今日は第2組曲を中心にお届けします。有名な『朝』は、実はノルウェーではなく、主人公ペールが財産を失った後に迎えた「モロッコの海岸」の朝を描いています。他にも、母の最期を看取る場面の『オーゼの死』、ペールの気を引こうとした女の子が踊る『アニトラの踊り』、そして魔物たちに追いかけ回される『山の魔王の宮殿にて』。モロッコの朝や花月園遊園地に思い描きながら聴いていただければとおもいます。



演奏 - グリーグ:『ペール・ギュント』第1組曲 Op.46

第1曲 朝

第2曲 オーゼの死

第3曲 アニトラの踊り

第4曲 山の魔王の宮殿にて


長谷川: 先ほどNHK交響楽団の話の続きをお話しすると、その前身である新交響楽団は大正15年10月に結成されましが、結成直後の11月末という極めて早い段階で、既に横浜公演を開いています。指揮を執ったのは、歴代総理大臣の一人近衛文麿の弟であり、指揮者として戦後まで活躍された近衛秀麿氏でした。秀麿氏は山田耕作氏の弟子だったのですが、やはり後に喧嘩別れしているという余談があります。

この公演の会場は馬車道に位置する当時、できたばかりの横浜指路教会でした。それまでは横浜市開港記念会館がコンサートに使われていたのですが、関東大震災の被害のため使用できなかったことが理由だったとのことです。横浜市開港記念会館が使用できなかった当時のピアノコンサート環境について少し触れると、かつて弘明寺に所在した横浜高等工業学校(現在の横浜国立大学工学部の前身)の講堂には、ドイツの名器ベヒシュタインが備えられていました。当時、日本国内にはわずか3台しか存在しなかったといわれるピアノの1台があったのです。ベヒシュタインがあるという理由で海外のピアニストがここで演奏会を開きました。そのうちの一人に、フランスのピアニスト、アンリ・ジル=マルシェックスがいます。今はあまり有名ではないですが、4度も来日し、ドビュッシーやストラビンスキーなど当時の最新の音楽を全国を回って紹介しており、大正14年12月に横浜高等工業学校の講堂で演奏会を開いています。そのプログラムの一曲が、本日、この後、演奏していただくドビュッシーの『版画』より『雨の庭』です。



後藤: 『版画』は3つの異なる国の風景を描いた組曲です。ドビュッシーは、彼がフランスという土地からほとんど外に出ることのなかった音楽家で、自らの楽譜に、あえて「フランスの作曲家ドビュッシー」と署名し、純粋なフランス人であることを売りにしているほどでしたが、それでもいろいろな風景を描けるというのは、様々な刺激があったからなのではないかと思います。1曲目の『塔』は、パリ万博で出会ったインドネシアのガムラン音楽に触発されたアジア的な響き。東洋の5音音階が聴こえてくると思います。2曲目の『グラナダの夕暮れ』は、一度もスペインに行ったことがないドビュッシーが作曲し、スペイン出身の作曲家ファリャが絶賛した曲です。そして3曲目の『雨の庭』は、パリのリュクサンブール公園に降る雨の風景と言われていますが、何かが解放されていくような終わり方をしているのが魅力ではないかと思います。



長谷川:先ほど話な中にあったジル=マルシェックスはこの曲を横浜ではなく、かつての帝国ホテルで演奏しています。是非、当時の様子も思い浮かべながらお聴きください。


演奏 - ドビュッシー:版画

第1曲 塔

第2曲 グラナダの夕暮れ

第3曲 雨の庭



ー 休憩 ー


演奏 - シューベルト:楽興の時 第3番 D 780/3

長谷川: 第2部の幕開けは、シューベルトの『楽興の時 第3番』をお聴きいただきました。この曲は、『軍隊行進曲』並んでシューベルトの

最も有名なピアノ曲ですね。NHKラジオ『音楽の泉』のテーマ曲としてもお馴染みですね。本日1月31日はシューベルトの誕生日なのです。1797年、ナポレオンが台頭し、ベートーヴェンが27歳でウィーンに出てきて新進気鋭の音楽家として活躍していた時代ですね。シューベルトは、憧れの存在であったベートーヴェンの葬儀で、棺を担ぐ役を務めたというエピソードも残っています。シューベルトとベートーヴェンはそんなに親しい仲だったのでしょうか。


後藤:そんなに親しい間柄ということはなかったと思います。年齢も大きく離れていましたし、当時のベートーヴェンはすでに、誰もが認める不動の地位を築いた大作曲家でした。一方のシューベルトは、31歳という若さで世を去ることになります。20代半ばに作品を聴いてもらう機会が一度あったという程度の接点でしたが、シューベルトはベートーヴェンを敬愛していて、棺を担ぐという重要な役割を果たしたようです。


長谷川:江戸の出版人である蔦屋重三郎が世を去った1797年、まさにその年にシューベルトが生まれています。さらに、浮世絵師の歌川広重はシューベルトと同い年なのだそうです。広重といえば『東海道五十三次』で知られ、横浜の神奈川宿などの情景も描いていますが、膨大な数の作品を後世に残しました。その「多作」という点において、シューベルトと相通じるものがあるかもしれません。リート(歌曲)は何曲あるのでしょうか。


後藤:リートは700曲近く遺しています。


長谷川:それほどまでに、シューベルトは膨大な数の曲を書き残したわけですが、後藤先生から見て、彼の音楽の魅力はどのようなところにあると思われますか。


後藤:私個人としてもシューベルトは非常に好きな作曲家です。彼の活動を振り返りますと、同時期にウィーンで活躍したベートーヴェンとは、全く違っていたことが分かります。

ベートーヴェンが有力なパトロンを持ち、国家を動かすような大規模な活動を展開した「大作曲家」であったのに対し、シューベルトを支えたのは、彼を愛する親しい友人たちでした。有名な絵画にも残されていますが、友人たちが集う中でシューベルトが新作を披露し、皆でそれを楽しむ「シューベルティアーデ」と呼ばれる集いが、彼の創作活動の強固に支えていた。友人の尽力によって作品の出版が実現したこともありました。


長谷川:まさに、このベーリック・ホールのような場所で彼の音楽が創作されてきたということでしょう。私が特に惹かれるのは「突然の転調」です。


後藤:私もその転調の妙が大好きです。例えるなら、折り紙の船を折る際、「帆の先端」を持って裏返すと瞬時に「へさき」へと形を変える、あの鮮やかな変化に似ています。聴き手が気づかぬうちに、あっという間に別の調性へと移り変わっていく。ぜひ、その変化に耳を傾けてみてください。


長谷川:横浜との縁で言えば、終戦直後にフェリス・ホールのコンサートで「シューベルトの午后」と題した公演が行われ、三宅洋一郎先生がこの『楽興の時』を全曲演奏されています。その他にも、横浜交響楽団楽団というアマチュアのオーケストラがシンフォニーの 3番を弾いたり、女性合唱団で、おそらく合唱曲やっていたり、シューベルトだけの演奏会となっています。戦後の復興期、力強いベートーヴェンではなく、シューベルトの穏やかさが求められたのかもしれませんね。先ほど話があった近衛秀丸の新交響楽団も復旧された横浜市開港記念会館でシューベルトを演奏しています。ただ、当時のプログラムは少々変わっておりまして、シューベルトといえば誰もが思い浮かべる『未完成』や、その後に書かれた大作『グレート』といった交響曲ではなく、劇音楽『ロザムンデ』の序曲、そして歌曲の編曲版と思われるものが3曲演奏されています。これらがオーケストラのみによる演奏だったのか、あるいは歌唱を伴うものだったのかは資料からは定かではありませんが、演奏されたという記録が残っております。指揮の近衛秀麿氏は大変な編曲家でもありました。数年前にこのコンサートでも取り上げた『展覧会の絵』を例に挙げますと、一般的にはラベルによる、トランペットの華やかなファンファーレで始まる編曲が有名です。しかし、近衛氏による編曲版は、弦楽器とクラリネット、ファゴットという落ち着いた響きから始まる独自の構成となっております。おそらくシューベルトの歌曲も、近衛氏自らが編曲を手がけたのではないでしょうか。こうした足跡を見ますと、戦前の横浜においても、大規模なオーケストラ公演のみならず、ピアノの独奏や歌唱といった形でシューベルトの音楽が深く親しまれていたことが推察されます。このベーリック・ホールのような西洋館でも、かつての居留外国人たちがピアノを囲み、シューベルトの調べを楽しんでいたのではないかと思います。


後藤:本日お届けするシューベルトのソナタは、イ長調という非常に幸福な調性で書かれた作品です。全三楽章から成る約20分の楽曲ですが、その旋律の中には、多くの人々に愛されるシューベルトの飾らない素顔が随所に垣間見えます。

聴きどころは、先ほど長谷川さんもおっしゃっていた「転調の妙」です。意識せずとも、ふとした瞬間に全く異なる和音の世界へと連れ去られるような場面が幾度となく訪れます。また、この曲においては、悲しみと喜びが背中合わせのように極めて近い距離にあり、まさに裏表が一体となっているかのような印象を与えます。それらすべてを等しく受け入れてくれるような、深い優しさに満ちた一曲であると感じております。それでは、シューベルトの『ピアノ・ソナタ イ長調』をお聴きください。


演奏 - シューベルト:ピアノソナタ イ長調 D 664

長谷川:ありがとうございました。みなさま盛大な拍手をお願いします。アンコールはご用意いただいてますでしょうか。(拍手)


後藤:長谷川のお話しは毎年、この解説を伺うのを私自身も大変楽しみにしております。

シューベルト誕生日に、シューベルトのプログラムで弾かせていただくのは本当に幸せだと思います。シューベルトの誕生日を狙ったのか偶然であったかは、あえて秘めさせていただきますが、最後もやはりシューベルトの調べで締めくくりたいと思います。

アンコールにお届けするのは、シューベルトの『3つのピアノ曲』より第1曲目です。決して知名度の高い楽曲ではないかもしれませんが、私自身が深く愛している一曲であり、ぜひ皆様にもその素晴らしさを知っていただきたいと願っております。それでは、最後の一曲をお聴きください。



演奏 - シューベルト:3つのピアノ曲』第1曲目 D946

米山: 後藤さんありがとうございました。演奏いただいた後藤先生に、ボランティアスタッフから花束をお贈りします。また、本日のコンサートには三陽物産さまからお菓子のプレゼントがございます。こちらの山本社長は「お菓子を通じて横浜の文化を伝えたい」と取り組んでおり、最近では西洋館(山手133番館)を自ら買い取って保存に協力されるほどの方です。本日お配りするのは「横浜三塔物語」。キング(県庁)、クイーン(税関)、ジャック(開港記念会館)をモチーフにしたお菓子です。ぜひ、横浜の歴史と今日の余韻をお土産にお持ち帰りください。ありがとうございました。





コンサート in ヘリテイジ ピアノが案内する横浜の歴史とまち Vol.11

  • 日 時:令和8(2026)年1月31日(土)午後2時 - 4時30分

  • 会 場:ベーリック・ホール(横浜市中区山手町)

  • 出 演:【ピアノ演奏】後藤泉氏【解説】長谷川正英氏(横浜市)【司会】米山淳一(公益社団法人横浜歴史資産調査会 常務理事)

  • 主 催:公益社団法人横浜歴史資産調査会

  • 後 援:公益財団法人横浜市緑の協会

  • 協 力:横浜市都市整備局都市デザイン室

  • 協 賛:株式会社三陽物産


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