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[レポート]国指定重要文化財「旧天瑞寺寿塔覆堂」特別開扉【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】


開扉した旧天瑞寺寿塔覆堂
開扉した旧天瑞寺寿塔覆堂

横浜・三溪園で国指定重要文化財「旧天瑞寺寿塔覆堂」が特別に開扉された。

旧天瑞寺寿塔覆堂は、天正19(1591)年に、豊臣秀吉が病気から快復した母・大政所の長寿を祈って、京都大徳寺子院の天瑞寺に建てた生前墓の寿塔を覆っていた建物。明治維新後に天瑞寺が廃寺となると、寿塔を残したまま、明治24(1891)年に同じ大徳寺内の瑞光院に移築され、明治33(1900)年に黄梅院に再移築されたのち、明治35(1902)年に原三溪の所有となり、明治38(1905)年に三溪園内苑に再々移築された。三溪園に移築された最初の古建築である。

桃山時代らしい豪壮な彫刻や柱とその上の組物などには、かつて鮮やかな彩色が施されていたが、現在は風化して一部に痕跡を残すのみとなっている。

現地で配布された大野敏氏(横浜国立大学教授)による解説書を参考に見どころを紹介する。


内部の天井
内部の天井

三溪園移築時に、残存部材の検討をもとに「折上小組格天井」という格式高く繊細な天井形式に復原され、彩色も再現された。移築当時も、一部に彩色が残されてい部分もあったようだが、どの程度彩色に手当てされたのかは不明である。昭和33(1958)年の修理に際しては柱頭部の彩色や組物の彩色が修復された。


彩色が修復された柱頭部と組物
彩色が修復された柱頭部と組物

現在建物外部は木肌が露出しており、素木の建築のように見えるが、柱頭部や台輪・頭貫の側面に見られる凹凸の痕跡から外部も彩色が施されたことがわかる。


彩色の痕跡が見られる柱頭部や台輪・頭貫の側面
彩色の痕跡が見られる柱頭部や台輪・頭貫の側面

床は四半敷の土間。本来ここに祀るべき寿塔があるが、覆堂だけを移築しているため空洞となっている。



旧天瑞寺寿塔覆堂は桃山時代寺社建築の特徴である建築装飾の豊かさが評価され昭和6(1931)年に国宝(昭和25(1950)年、文化財保護法移行に伴い国指定重要文化財)に指定されている。移築により存続している古建築は少なくないが、旧天瑞寺寿塔覆堂のように三度も移築されたにも関わらず国指定重要文化財として存在していることは非常に珍しい。その内部が確認できること機会に是非ご覧いただきたい。

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