[歴飯_197]スターバックス コーヒー 横浜海の公園店
- heritagetimes

- 2 時間前
- 読了時間: 11分

令和8(2026)年、横浜市金沢区海の公園内に「旧長濱検疫所一号停留所」が開館、あわせて「スターバックス コーヒー 横浜海の公園店」がオープンした。
「一号停留所」は、令和7(2025)年3月に横浜市金沢区長浜から厚生労働省によって海の公園に移設復元された登録有形文化財である。建物内には、「スターバックス コーヒー 横浜海の公園店」のほか、建物や検疫の歴史を伝える「歴史・魅力の増進スペース」が設けられている。

今回、歴飯で伺ったのは、このオープンしたばかりの「スターバックス コーヒー 横浜海の公園店」である。取材当日は開業後初の休日とあって、開店時間前から多くの来場者が並び、待機列をつくっていた。コーヒーをいただく前に、まずは「歴史・魅力の増進スペース」のパネル等を見学する。

移築前「一号停留所」があった「横浜検疫所」は、明治11(1878)年、当時流行していたコレラの蔓延を防止するため、三浦郡長浦村(現在の横須賀市箱崎)に設置された「長浦消毒所」を起源とする。設置当初は、政府が指定したコレラ流行地から来航する船舶について、その都度、臨時で検疫を施行する施設であった。
明治28(1895)年、日清戦争に伴う横須賀軍港の拡張のため、久良岐郡金沢村大字柴(現在の横浜市金沢区長浜)に移転、「長濱消毒所」として開設、明治29(1896)年に神奈川県地方検疫部管轄下の「長濱検疫所」と改称された。施設内には「一号停留所」を含め38棟におよぶ木造建築群が建てられた。

検疫所とは伝染病の感染が疑われる船舶の船員・乗客等を一定期間隔離して滞在させるための施設である。その施設の一つとして建てられた「一号停留所」は上等船客の中で停留を必要とした人々を一定期間滞在させることを目的として建築され、停留室のほか食堂や談話室などもあり、当時としては最も進んだ洋風建築であった。「長濱検疫所」にはこのほかにも、二等船客のための二号停留所、浴室、事務棟、細菌検査室、伝染病舎などの施設があり、最盛期にはその数は50棟にも及んだ。
しかし、大正12(1923)年に発生した関東大震災でほとんどの建築物が倒壊。大正13(1924)年には多くの施設が元の場所で復旧するが、その中でも当初建築の旧材を最も多く再利用して竣工したのが移築前の「一号停留所」であった。
その後、「一号停留所」と「細菌検査室」を除き、多くの施設は新施設等への建替えに伴って取り壊された。一方、「一号停留所」は昭和61(1986)年に改修され、移築前まで厚生労働省検疫歴史資料館として活用されていた。なお、平成10(1998)年には、一度解体された事務棟が「長浜ホール」(横浜市認定歴史的建造物)として復元され、「旧細菌検査室」(横浜市認定歴史的建造物)とともに長浜野口記念公園の公開施設として保全活用されている。


移築前の「一号停留所」は、木造平屋、和風小屋組、コンクリート基礎構造。外壁は南京下見板張り、一部竪羽目板張りおよび漆喰塗り、屋根は波形亜鉛鉄板葺き切妻(当初は天然スレート葺き)、一部瓦棒葺きであった。平面構成は長い矩形の両端を突出させた整然とした左右対称のコの字型であり、その突出部に八角形のベイウィンドウを設けている。
明治28(1895)年竣工の当初建築と比較すると、談話室・食堂の八角形出窓が増築され、外部の上げ下げ窓割り、内部腰壁が変更されたが、主要な部分については継承されている。設計は神奈川県営繕が行い、内海清隆(1893 - ?、工手学校卒)が担当、施工は地元の久良岐組と大林組であった。

平成30(2018)年には本建築の外観が「明治の面影を色濃く残す施設」として評価され、国の登録有形文化財となった。
また、当初建築から大きな改変がないことから、我が国最初期の洋風ホテル建築である「富士屋ホテル本館」(明治24(1891)年竣工・国登録有形文化財)、「日光金谷ホテル本館」(明治26(1893)年竣工・国登録有形文化財)に次ぐ、洋風ホテル建築の意匠を引き継いでいる貴重な遺構ともいえる。

さらに、日本の検疫史上、細菌学・公衆衛生学史上においても重要な長濱検疫所の遺構であり、港湾都市として発展してきた横浜の歴史にとっても貴重であることが評価された。
平成28(2016)年12月8日、「一号停留所」が立地していた「厚生労働省横浜検疫所」の機能をみなとみらい21地区に新築する「よこはま新港合同庁舎」に集約することが発表された。
前述のとおり「一号停留所」は、平成30(2018)年に国の登録有形文化財となっていたが、「移転後の取扱いについては未定」との報道を受け、検疫歴史資料館の運営を補助していた「NPO法人野口英世よこはま顕彰会」が保存を求める署名活動を開始。関係団体への協力要請やシンポジウムの開催などを経て、最終的に令和3(2021)年9月29日、国と横浜市に対して4,322筆の署名簿と、厚生労働大臣宛ておよび横浜市長宛ての一号停留所保存の要望書を提出した(署名はその後も継続され最終的には6,601筆となった。)。

こうした地元の動きや国からの要望を受け、横浜市は令和2(2020)年から一号停留所の保存について国と協議を開始しており、令和5(2023)年3月には、国が「海の公園」内に移設復元し、本市に寄附を行うこと等が決定された。
「一号停留所」の移築復元にあたり、目標とする年代については、資料等が整っている大正13(1924)年の震災復旧後と設定された。
この移築復元の方針に基づき、解体・格納工事については令和5(2023)年10月1日に着手し、令和7(2025)年3月31日に事業を完了している。そして、組立工事については令和5(2023)年11月1日に着手し、令和7(2025)年3月31日に事業を完了、国から横浜市へ建物が寄附された。総事業費は4億3,307万円である。

「一号停留所」の運営者については、令和7(2025)年7月から、移築先である「海の公園」の指定管理者で「横浜市緑の協会・金沢臨海サービスグループ」の構成員である「横浜市緑の協会」が管理許可を受ける前提で活用事業者を公募し、令和8(2026)年1月に「スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社」に決定した。
スターバックス コーヒーが国登録有形文化財を活用して出店している例は今回が初めてではない。「神戸北野異人館店」(兵庫県神戸市・「北野物語館(旧M.J.シェー邸)」・2009年開業)、「弘前公園前店」(青森県弘前市・「旧第八師団長官舎」・2015年開業)、「鹿児島仙巌園店」(鹿児島県鹿児島市・「旧芹ケ野島津家金山鉱業事業所」・2017年開業)の3店舗がある。「旧一号停留所」は、国登録有形文化財での出店としてはこれらに次ぐ4店舗目となる。


移築先となった「海の公園」は、東京湾に面した約1kmの砂浜を有する公園であり、昭和63(1988)年に開園した。横浜市内で唯一の海水浴場を備える公園として知られている。
金沢地域の海岸は高度経済成長期に埋め立てられ、市民が親しんできた海岸線の多くが失われた。この状況を受け、昭和40(1965)年に始まった「六大事業」の一つ「金沢地先埋立事業」の中で、市民が海と触れ合える空間を残すことが重要な課題として位置付けられ、横浜の海辺を市民の手に取り戻すことを目的として計画されたのである。

造成にあたっては、埋立地に人工海浜を整備するという当時としては先進的な手法が採用された。現在自然の砂浜に見える海岸は人工的に造成されたものであり、海水浴場の砂には千葉県富津市の山砂が用いられた。また、公園部分の造成には周辺開発で発生した土砂が活用されている。工事は昭和46(1971)年に開始。昭和55(1980)年には人工砂浜が先行して公開され、その後、公園施設の整備を経て昭和63(1988)年に正式開園した。
開園後、海の公園は海水浴、潮干狩り、散策、マリンスポーツを楽しめる都市型海浜公園として定着した。特に潮干狩りは長年にわたって人気を集め、ゴールデンウィークには数万人規模の来園者で賑わう横浜を代表するレジャースポットとなっている。

「一号停留所」が移築された場所は、海の公園の砂浜の西端部に隣接したエリア。海を望む環境という意味では、当初建築の環境に近づいたともいえる。一方、ベイウィンドウを持つ正面は、移築前は南側を向いていたが、配置の関係から北向きに設置された。
改めて移築後の「一号停留所」を見ると、外観においては、移築前は長年の海浜環境による塩害や風雨の影響を受け、下見板張りの外壁、軒先、破風周辺に塗膜の退色や剥離、部分的な腐朽、雨水浸入に起因する傷みが見られたが、移築後はこれらの損傷部が補修された。塗装色は調査結果を基に、壁面を白色系に、窓枠や装飾部材には緑色の塗装が用いられ、洋風建築としての輪郭がより明瞭となった。

屋根も移築前後で大きく異なる箇所である。移築前は昭和61(1986)年改修時の仕様である鉄板波板葺き等となっていたが、主屋は人工スレート葺きとなった(当初、天然スレート葺きが計画されたが予算配分上の判断により変更された)。廊下や便所部分は瓦棒葺き、庇は銅板一文字葺きとされている。
なお、移築前の敷地の外構の一部に震災復旧後の屋根材と考えられる天然スレートが最莉要されていたが、移築後の外構にも使用されているので、探してみて欲しい。


西側入口から内部に入ると、廊下左側に「旧談話室」があり、「休憩室」として使われている。廊下右側に連続して位置する「旧停留室」の3室は間仕切りを一部取り払い、建物や検疫の歴史を伝える「歴史・魅力の増進スペース」になっている。
奥に進むと、同じく廊下左側に「旧食堂」がカフェスペースとして使われており、右側に連続した停留室3室も間仕切りを一部取り払い、スターバックスの「バーカウンター」となっている。

廊下は、長く連続する上げ下げ窓と腰壁によって特徴的な内部空間が形成されている。移築前には建具金物の摩耗や窓機構の不具合が見られたが、移築後は滑車やワイヤー、クレセントなどの金具類が修理・補充され、本来の機能が回復された。床仕上げはリノリウムシート張りとされ、壁面は腰壁部分を板張りペンキ塗装、上部を漆喰および壁紙仕上げとしている。天井は突付敷目板張りで、白色系塗装によって明るい印象にまとめられている。修理前には塗装の重ね塗りや汚損が目立っていたが、現在は各部の色彩と材料が整理された。

「休憩室(旧談話室)」と「カフェ(旧食堂)」は、建物内で最も意匠的な見どころの一つである。八角形ベイウィンドウを備えた特徴的な空間であり、移築前には昭和期に設けられた化粧ボードや後年の改修が残されていたが、解体調査によって大正期の壁紙や下地が確認されたため、それらを根拠として復元が行われた。また、移築前には塗装の劣化や内装材の傷みが見られたが、移築後は壁紙、腰壁、窓枠、天井装飾が修復された。床はリノリウムシート張り、腰壁は板張りペンキ塗装、天井は格天井形式として整備されている。壁面には和紙系仕上げが用いられ、木部は淡緑色や白色を基調とした塗装によって統一されている。ベイウィンドウ周辺の意匠も整理されている。

「停留室群」でも、移築前に確認された壁紙が修復されている。調査によって発見された大正期の和紙袋貼り壁の痕跡を踏まえ、一部では同様の工法を再現している。床はリノリウムシート張り、天井は板張りペンキ塗装で統一され、各室の連続性が向上している。修理前の展示施設としての印象よりも、検疫施設本来の空間構成を理解しやすい展示環境となった。
便所等の施設は新しい設備に更新され、さらに新たに障害者用便所が整備され、スロープや手すりも設置された。歴史的建築としての外観を維持しながら、現代の見学施設として必要な機能が付加されている点が特徴である。

全体として移築後の建物は、単なる修繕ではなく、大正13年震災復旧後の状態を基準として外観・内装・建具・壁紙・塗装色を総合的に整理したものである。移築前に見られた老朽箇所の不具合は大幅に改善され、各部の材料構成も明確になった。その結果、検疫施設としての歴史だけでなく、明治から大正期にかけての洋風木造建築の技術や仕上げ材料の特徴を具体的に観察できるようになっている。

スターバックス コーヒーの待機列に並び、1時間ほどで、ようやくコーヒーを注文することができた。店独自のメニューやグッズは特に用意されていなかった。
「カフェ(旧食堂)」の中央に、かつて食堂として活用されていた当時をイメージして置かれたコミュニティテーブルに席を取り、部屋の様子や窓の外の海を眺めながらゆっくりとコーヒーを味わう。店内には、航海を想起させるロープや帆布をモチーフにしたデザインを取り入れるとともに、シアトルの風景や港をテーマにしたアートが展示されている。
スターバックスの発祥の地はシアトルである。施設が「長濱検疫所」と改称された明治29(1896)年と同年に、横浜とシアトルを結ぶ定期航路「シアトル航路」を日本郵船が開設しており、それから130年が経過した。当時の海外渡航や検疫事業に思いをはせながら、コーヒーと歴史と海を望む景観を同時に味わうコーヒータイムを、ぜひ体験していただきたい。

<関連記事>
![[歴飯_01 - 150]まとめ](https://static.wixstatic.com/media/36bc9a_64610b1b52c141938dce07289858fc44~mv2.jpeg/v1/fill/w_980,h_551,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/36bc9a_64610b1b52c141938dce07289858fc44~mv2.jpeg)
![[レポート]横浜 三溪園 夏の鶴翔閣公開2026【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KAN AGAWA】](https://static.wixstatic.com/media/36bc9a_7f557f263de0413196f05561c991ad0f~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_653,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/36bc9a_7f557f263de0413196f05561c991ad0f~mv2.jpg)
![[イベント]昭和100年 横浜市ふるさと歴史財団デジタルスタンプラリー【横浜市ふるさと歴史財団】](https://static.wixstatic.com/media/36bc9a_c8e15bd4523449b38775c40c24653533~mv2.jpg/v1/fill/w_724,h_1024,al_c,q_85,enc_avif,quality_auto/36bc9a_c8e15bd4523449b38775c40c24653533~mv2.jpg)
コメント