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[レポート]花と器のハーモニー2026【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】


横浜山手西洋館では、ガーデンネックレス横浜の一環として、令和8(2026)年6月6日(土)から6月14日(日)までの9日間、「花と器のハーモニー2026」を開催した。

24回目を迎える今年は、令和5(2023)年に続く、日本の伝統文化「いけばな」を主軸とした装飾企画の第2弾。世界で活躍する華道七流派の家元による、和×洋の空間美が創出された。[THE HRITEGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA]では、その全容をレポートする。

会場は山手111番館、横浜市イギリス館、山手234番館、エリスマン邸、ベーリック・ホール、外交官の家、ブラフ18番館の7館。各館を華道七流派の家元が担当し、それぞれ異なるテーマで空間装飾が行われた。




山手111番館 / 未生流

みなとみらい線・元町・中華街駅からアメリカ山公園のエレベーターを利用し、山手本通りを抜けて港の見える丘公園に至る。そこから右折しワシン坂通りを進むと、噴水のあるバス転回広場の先に、スパニッシュスタイルの山手111番館が姿を現す。


山手111番館外観
山手111番館外観

展示テーマは「光をまとう花」。装飾の担当は未生流家元肥原慶甫氏。今回の展示テーマについて「古くから金は太陽の光を、銀は月の光を表し富や権力の象徴でもある。また金色や銀色は植物では表現しにくい色でもある。金彩、銀彩に彩られた食器の輝きと山手111番館のおだやかな光に花々がうまく関わり合うようにできればと思っている。」とコメントしている。


玄関ホールの吹き抜けの中央で透明のキューブも使用しダイナミックに聳り立つスモークツリー
玄関ホールの吹き抜けの中央で透明のキューブも使用しダイナミックに聳り立つスモークツリー

肥原慶甫氏は、平成9(1997)年からいけばなの修業を始め、現在は流の企画・運営に携わる傍ら数多くの花展出瓶、献花、国内外でのデモンストレーションを行うなど、流派の発展・指導はもとより、日本の伝統文化である「いけばな」の普及に努めている。平成26(2014)年、未生流十世家元継承した。


食堂では直立するクレマチスに金泥、銀泥をアクセントとして太陽の光と月の光を表現
食堂では直立するクレマチスに金泥、銀泥をアクセントとして太陽の光と月の光を表現

未生流は、文化4(1807)年に大阪で創流された。流祖・未生斎一甫により華道理論と花型が確立、二世によって上梓された伝書に基づき、正しく現在に伝承する流派である。伝統の花を「格花」、新しい時代、現代の花を「新花」と称し、いけばなの美を表現する。



玄関ホールでは、吹き抜けの中央で聳り立つスモークツリーに透明のキューブも使用したダイナミックな装飾が目をひく。食堂では直立するクレマチスに金泥、銀泥をアクセントとして使用し、太陽の光(金)と月の光(銀)を表現。そこに続くギャラリーでは銅板と鉋屑を垂直方向に伸ばして照明の光を透過する。まさに館全体が「光をまとう」ように構成されていた。


銅板と鉋屑を使用した装飾
銅板と鉋屑を使用した装飾

山手111番館は、大正15(1926)年、アメリカ人ラフィン氏の住宅として建設された。設計はJ.H.モーガン。ベーリック・ホールの設計者でもある。玄関前に施された3連アーチ、屋根のないパーゴラ形式の屋外空間、地階のガレージと使用人部屋、1・2階に設けられたホール、食堂、寝室、スリーピングポーチなど、当時の西洋住宅の生活様式を体現している。平成8年(1996年)に横浜市が敷地を取得し、改修のうえ平成11(1999)年から一般公開。現在は喫茶室を併設し、モーガンに関する常設展示もあり、横浜市の指定有形文化財となっている。



横浜市イギリス館 / 華道家元池坊

山手111番館からワシン坂通りを山手本通り方向に少し戻ると、車寄せを備えた重厚な建物・横浜市イギリス館が姿を現す。


横浜市イギリス館外観
横浜市イギリス館外観

展示テーマは「つなぐ」。装飾の担当は華道家元池坊次期家元池坊専好氏。今回の展示テーマについて「いけばなは本来、形として残らない、瞬間に宿る文化。残らない美を扱うその中で、枯れた植物や素材には、これまで生きてきた証と『再生の力』が確かに息づいている。私はその「終わりゆくもの」を、単なる衰退ではなく、再生や継続の源として捉え、そこに新たな生命を吹き込む。枯れた姿が秘めた時間の重なりを尊重しながら、持続可能な時代にふさわしい花の在り方を模索している。現代に求められる持続性やSDGsの視点を取り入れつつ、自然が歩んできた時間と、これから生まれる未来とが、静かに、そして確かにつながっていくことを願いながらいけている。」とコメントしている。


ダイニング(ミモザアカシア、カスミソウ)
ダイニング(ミモザアカシア、カスミソウ)

池坊専好氏は、いのちをいかすという精神に基づき、西国三十三所の各寺院やニューヨーク国連本部で世界平和を祈念した献花を行う。また、音楽や能、テクノロジーなどの他分野とのコラボレーション活動も展開している。公益財団法人 日本いけばな芸術協会副会長、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 理事・シニアアドバイザーなども務める。


サンポーチ:可愛らしいギフトボックスを使った自由花(ヒマワリ、ケムリソウ、クロトン、オキナワシャガ)
サンポーチ:可愛らしいギフトボックスを使った自由花(ヒマワリ、ケムリソウ、クロトン、オキナワシャガ)

華道家元池坊は、聖徳太子の創建と伝えられるいけばな発祥の地、初代住職は遺障使として中国に渡った小野妹子が務めたといわれている京都の六角堂(紫雲山頂法寺)の池のほとりに住む代々の住職が朝夕仏前に花を献じており、いつしか池坊と呼ばれるようになったことにはじまるとされる。室町時代後半に「池坊専応」が花の理論と精神性を確立したことから「いけばなの根源」と呼ばれ、国内のみならず海外でも多くの方が学ぶ。


サンポーチ:白樺の枝を構成し自然の状態とは異なる人の感性と技が反映された構築美を演出(ロシアンオリーブ、デルフィニウム、ホワイトスター、トルコキキョウ)
サンポーチ:白樺の枝を構成し自然の状態とは異なる人の感性と技が反映された構築美を演出(ロシアンオリーブ、デルフィニウム、ホワイトスター、トルコキキョウ)

ダイニングの窓際には「友人の庭で突然枯れてしまったミモザアカシア」が奥に配され枯れてもなお美しさを伝えている。カスミソウが静かに連なるテーブルの上では、テーブルウェア(輪島塗の漆器とポーセリンアートのお皿をつかった和洋折衷)やシャンパーニュのボトル(村上隆限定ボトルのドン・ペリニヨン)にも花柄が配され華やかさを添えている。その他、アルコーブやサンポーチの自由花、この季節には使用されることがない暖炉を使い、涼しさを演出している自由花も見どころの一つとなっている。

暖炉下の自由花(クレマチス、カワラナデシコ、フトイ、シマフトイ)
暖炉下の自由花(クレマチス、カワラナデシコ、フトイ、シマフトイ)

横浜市イギリス館は、昭和12(1937)年に上海の大英工部総署の設計により英国総領事公邸として建てられた鉄筋コンクリート2階建の建築である。1階南側にはサンポーチと客間、食堂が連なり、芝生の庭に面した広いテラスを備える。2階には寝室や化粧室、地下にはワインセラー、付属屋は使用人の住居であった。

玄関脇の王冠入り銘板や「British Consular Residence」の銅板が、往時の外交官邸としての格を物語る。昭和44(1969)年に横浜市が取得し、市民の文化利用施設として整備。現在は1階のホールでコンサート、2階の集会室で会議などが行われており、横浜市の指定有形文化財となっている。


アルコーブの生花新風体(アブライト、ミニカトレア、ビロウヤシ)
アルコーブの生花新風体(アブライト、ミニカトレア、ビロウヤシ)

山手234番館 / 一葉式いけ花

港の見える丘公園から山手本通りに出て、西に進むと、山手三塔の一つである山手聖公会の隣に、列柱が印象的な正面テラスをもつ建物が現れる。これが山手234番館である。


山手234番館外観
山手234番館外観

展示テーマは「あわいの花の間」。装飾の担当は一葉式いけ花家元粕谷尚弘氏。今回の展示テーマについて「山手234番館の室内は他の西洋館と比べて装飾性よりも機能性のシンプルさが際立ち、現代の暮らしに近い空気感を持つ洋館のように感じられる。この空間性を活かし、いけばなを通して日常と非日常、和と洋が交差する『花の間』を体験していただく場を創出することを試みる。」とコメントしている。


ダイニング(芍薬、オンジウム)
ダイニング(芍薬、オンジウム)

粕谷尚弘氏は、三代目家元であった父親から平成31(2019) 年に四代目家元を継承。華道指導の側ら諸流派展や個展、他分野の表現者とのコラボレーションを展開。NYメトロポリタン美術館でのいけ花デモンストレーションをはじめ国内外で多くのいけ花ライブを行う等「いけ花の魅力」を伝える活動を積極的に行っている。直近でも「フラワー&ガーデンフェスティバル2026」での「生け花ライブ〜花で彩る端午の節句〜」が記憶に新しい。


寝室
寝室

一葉式いけ花は、花と自分との「間」を大切にします。「間」とは空間や時間、関わり方やバランスなど人それぞれ。あらゆる存在との「間」を意識し、植物や素材の美しさや表情を捉えていけることを大切にしています

初代家元粕谷一葉が主宰する「紅遊会」と舞台挿花を確立した粕谷明光の主宰する「東花会」とが合流し昭和12(1937)年に創流された華道の流派。形式や既存の流派の枠にとらわれず、個性を活かすことを重視した「いけばなライブ」や空間装飾などのダイナミックな表現を特徴としている。


2階:浴衣生地を使った作品とのコラボレーション
2階:浴衣生地を使った作品とのコラボレーション

1階のダイニングでは、まるでこれから夕食会が始まるかのようなリアリティのあるテーブルセッティングが設られている。その中央に芍薬とオンジウムの装飾。2階のギャラリーはイグサのカーテンで仕切られた空間をウォークスルーで体験する仕掛けになっている。ウォークスルーの突き当たりの角部屋には大きな水盆を使った作品が待ち受ける。


2階ギャラリー
2階ギャラリー

山手234番館は、昭和2(1927)年頃に外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)として現在の地に建てられた。これは、関東大震災からの復興事業の一環であり、横浜を離れていた外国人居住者を呼び戻す目的があった。設計は、隣接する山手89-6番館(現「えの木てい」)と同じく、建築家・朝香吉蔵によるものである。

建設当初、建物は中央の玄関ポーチを挟んで対称に配された4つの同形式の住戸から成り、上下2層構造となっていた。各住戸の間取りは3LDKとされ、合理的かつコンパクトに設計されていた。上げ下げ窓や鎧戸、煙突といった洋風住宅の典型的な意匠も、簡素ながら採用されており、震災復興期の洋風建築の特徴を示している。

第二次世界大戦後は米軍に接収され、その後も昭和50年代頃までアパートメントとして使用されていたが、平成元(1989)年、横浜市が歴史的景観保全のために建物を取得。平成9(1997)年から保全改修工事が行われ、平成11(1999)年より一般公開されている。


2階ギャラリーのイグサのカーテン
2階ギャラリーのイグサのカーテン

エリスマン邸 / 古流松應会

山手234番館の道を挟んで反対側に位置するのが、エリスマン邸である。


エリスマン邸外観
エリスマン邸外観

展示テーマは「江戸の様式美 -古流生花を洋館に-」。装飾の担当は古流松應会家元千羽理芳氏。今回の展示テーマについて「江戸時代、町民の間で嗜まれた古流のいけばなは、自然でありながら、そこにこめられた審美眼は豊かであり、生活様式が目まぐるしく変わった現在においてもその姿は変わらず伝承され続けている。そのわび、さびの精神性は、きっと当流とほぼ同じ時期に建築されたエリスマン邸において一層輝きを増すものと思われる。」とコメントしている。


食堂(スモークツリー)
食堂(スモークツリー)

千羽理芳氏は昭和61(1986)年よりいけばな活動を始め、「古流協会展」「日本いけばな芸術展」「いけばな協会展」「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「神戸ビエンナーレ」など多くのイベントに出品。 (一社)いけばなインターナショナルを通じ、国内外にてデモンストレーションを多数おこなう。 平成21(2009)年に古流松應会10代家元、会長に就任した。


居間(シマフトイ、ハイブリッドスターチス)
居間(シマフトイ、ハイブリッドスターチス)

古流は江戸時代中ごろ(1760年代)に一志軒宗によって興され、お生花(おせいか)とよばれる床の間より発生した花形が今日まで伝えられている。また現代では植物の持つ個性を活かし、生け手の感性により空間をいける現代華(げんだいか)があり、古流松應会は古流創流期から代々伝承し、明治45(1912)年に会組織を設立し、設立115周年を迎えた。


サンルーム
サンルーム

1階の応接室・食堂は、「現代華」の装飾で雲海を表現している。江戸時代から受け継がれてきた古流いけばなの、現代に息づく姿を堪能した。一方、2階では古流の伝統的ないけばなの世界を楽しむことができた。家元直筆によるスケッチを合わせて見ることができ、その創作のプロセスを想像するのも楽しい。


2階「日・月・山里水」
2階「日・月・山里水」
家元直筆のスケッチと江戸時代の図譜の写し
家元直筆のスケッチと江戸時代の図譜の写し

エリスマン邸は、生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人格として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅である。大正14(1925)年から翌15(1926)年にかけて、山手町127番地に建てられた。

設計を手がけたのは、「近代建築の父」と称されるチェコ出身の建築家アントニン・レーモンドで。創建当初は木造2階建て、和館付きの建物で、建築面積は約81坪。屋根はスレート葺き、上階は下見板張り、下階は竪羽目張りの白亜の洋館であった。煙突、ベランダ、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸など洋風住宅の意匠を取り入れつつ、軒の水平線を強調するモダニズム的要素も備えていた。設計者レーモンドの師である世界的建築家フランク・ロイド・ライトの影響も随所に見受けられる。


2階「日・月・山里水」
2階「日・月・山里水」

昭和57(1982)年、マンション建設に伴い解体されたが、平成2(1990)年に元町公園内の現在地(旧山手居留地81番地)へ移築・復元された。

1階には暖炉付きの応接室、居間兼食堂、庭を眺めるサンルームなどがあり、当時の簡潔で機能的なデザインが再現されている。家具もまた、レーモンド自身の設計によるものである。かつて寝室が3部屋あった2階には、写真や図面を用いて山手の洋館に関する資料が展示されている。また、旧厨房部分は喫茶室として、地下ホールは貸しスペースとして利用されており、来館者の憩いの場や地域活動の拠点として親しまれている。





ベーリック・ホール / 小原流

山手234番館を出て山手本通りを西に進むと、右手に広い敷地を持つ西洋館が見えてくる。ベーリック・ホールである。


ベーリック・ホール外観
ベーリック・ホール外観

展示テーマは「紫翠」。装飾の担当は小原流家元小原宏貴氏。今回の展示テーマについて「『「紫幹翠葉(しかんすいよう)』- 瑞々しい緑の葉と、命を宿した樹木の美しさを表す。柔らかな光が差し込むベーリック・ホールを舞台に、生命力あふれるいけばなの息吹を吹き込み、瑞々しい空間を描き出す。」とコメントしている。


ダイニングルーム
ダイニングルーム

小原宏貴氏は昭和63(1988)年、神戸市生まれ。6 歳にして五世家元を継承し、日本の伝統文化である「いけばな」の普及と、芸術家として国内外の活動に力を注ぐ。大正大学客員教授、(公財)日本いけばな芸術協会副理事長。月刊小原流「挿花」編集長。著書『NOVUS PLANTS 寄想の植物』(美術出版社)。現在、TBS系番組「プレバト!!」でいけばなの講師を務める。


リビングルーム(居間)
リビングルーム(居間)

小原流は明治時代に誕生した流派。花の色彩美や自然美を表現する「盛花」の創始以来、時代に合った感覚を取り入れて発展してきた。現在は生産が減少しているいけばな花材の生産者の支援や育成を行う「いけばな花材を守るプロジェクト」にも取り組んでいる。


客用寝室(2階)
客用寝室(2階)

ダイニングルームでは、床・天井・壁に木材がふんだんに使わているという魅力を生かすため、左右対の作品は色味を抑え、白とグリーンを基調に構成している。濃淡の異なる緑を取り入れることで、この時期ならではの緑の美しさを表現している。また、金彩が美しい皿やシルバーのカトラリーとの調和を意識し、メタリックな器と木製のスタンドを組み合わせることで、無機質さの中にも温かみを感じられる作品に仕上げている。

横浜山手西洋館最大級の規模を誇るベーリック・ホールらしく、各部屋に趣向を凝らした展示が並び、飽きることがない。2階の一部には小原流が取り組んでいる「いけばな花材を守るプロジェクト」のパネル展示もある。


婦人寝室(2階)
婦人寝室(2階)

ベーリック・ホールは、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として昭和5(1930)年に建設された。第二次世界大戦前までは住宅として使用されたが、昭和31(1956)年、遺族より宗教法人カトリック・マリア会に寄贈され、平成12(2000)年まではセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使われていた。

本館の設計を担当したのは、アメリカ人建築家J.H.モーガンである。モーガンは、山手111番館、山手聖公会、根岸競馬場なども設計しており、横浜に多くの建築作品を残した。ベーリック・ホールは現存する戦前の山手外国人住宅の中で最大規模を誇り、約600坪の敷地に建つ。


サンポーチ
サンポーチ

建物はスパニッシュスタイルを基調とし、玄関の三連アーチ、クワトレフォイル(四つ葉模様)の小窓、瓦屋根を持つ煙突など、外観には多彩な装飾が施されている。内部には、広いリビングルームやパームルーム、化粧張り組天井が特徴のダイニングルーム、白と黒のタイル張りの床、玄関や階段のアイアンワーク、子息の部屋にはフレスコ技法による壁画の復原がなされるなど、建築学的にも高い価値を有している。

平成13(2001)年、横浜市が敷地を元町公園の拡張区域として買収するとともに、建物は宗教法人カトリック・マリア会から寄贈を受けた。その後、復原・改修工事を経て、平成14(2002)年より建物と庭園が一般公開されている。横浜市認定歴史的建造物である。


玄関ホール
玄関ホール
外交官の家 / いけばな嵯峨御流

山手公園から山手本通りに戻り、さらに西へ進み、案内標識に従い右へ折れると、山手イタリア山庭園に辿り着く。この地は、明治13(1880)年から明治19(1886)年までイタリア領事館が置かれていたことに由来し、「イタリア山」と呼ばれている。

庭園は、イタリアで多く見られる様式を模して造られ、水や花壇が幾何学的に配されたデザインが特徴である。「バラと光輝く噴水の庭」をテーマにリニューアルされ、新たなバラの名所としても注目されている。

この庭園内には、外交官の家ブラフ18番館が建つ。まずは外交官の家に向かった。


外交官の家外観
外交官の家外観

今回の装飾テーマは「嫁ぐ日」。装飾の担当はいけばな嵯峨御流特別華務職辻井ミカ氏。「外交官の家に飾られていた一枚の写真に触発を受けてコンセプトが決まった、『嫁ぐ日』と。晴れ着を着た人達が集う2階の1室での写真からは、婚礼の式典の前の華やいで高揚した気分が伝わってくる。今回は、結婚式をテーマにして、嫁ぐ目の晴れの飾りで全体を装飾し、皆様をお迎えしようと思う。」とコメントしている。


食堂(ダイニングルーム):「御慶事を寿く音曲」を十二律菅 銘「奏」に紅白の紫陽花で表現した。
食堂(ダイニングルーム):「御慶事を寿く音曲」を十二律菅 銘「奏」に紅白の紫陽花で表現した。

辻井ミカ氏は、流内外の華展や講演、デモンストレーション、ウィンドウディスプレイなどを通じていけばな文化の普及と発展につとめている。特に、当流独特の「景色いけ・七景三勝」を通じて、環境保全の心を育てる講演などに力を入れている。御流前革務長、令和8(2026)年より特別華務職。(公財)日本いけばな芸術協会第任理事、大正大学客員教授を務める。


大客間(ダイニングルーム):御祝儀飾の一つ「長熨斗」
大客間(ダイニングルーム):御祝儀飾の一つ「長熨斗」

いけばな嵯峨御流は、平安時代の初め、離宮嵯峨院の庭に咲く菊を自ら手折られ、殿上の瓶にいけられた嵯峨天皇の、自然や草木に対する慈しみの心を継承し、現代に生かそうとする華道家の集まり。日本全国に103司所、海外にも司所、支部があり、京都・嵯峨にある大覚寺を華道総司所としている。


玄関ホール:地湧金蓮、アリウム、落羽松の根
玄関ホール:地湧金蓮、アリウム、落羽松の根

結婚式をテーマとし構成は、結納、挙式、お色直しと儀式の一つずつを追うように華やかに表現され、最後はウェディングドレスに見立てた装飾までドラマティックに感じた。一つ人の展示に添えらた手書きの解説や伝書「嵯峨都錦」に基づく「結納の花」、サンルームの「景色いけ」など、随所に嵯峨御流らしい演出がなされていた。


書斎:本を形どった花器を用いてペンに見立てたキジの羽をあしらう(ドウダンツツジ、グロリオサ、ヒマワリ、サンキライ、デルフィニウム、キジの羽根)
書斎:本を形どった花器を用いてペンに見立てたキジの羽をあしらう(ドウダンツツジ、グロリオサ、ヒマワリ、サンキライ、デルフィニウム、キジの羽根)

外交官の家は、明治政府の外交官であった内田定槌(さだつち)氏の邸宅として、明治43(1910)年に東京渋谷の南平台に建てられた。設計者はアメリカ人のJ.M.ガーディナーで、来日当初は立教学校の教師を務め、その後建築家として活動した人物である。

建物は木造2階建てで塔屋が付属し、天然スレート葺きの屋根と下見板張りの外壁を有する。華やかな装飾が随所に見られ、アメリカン・ヴィクトリアン様式の影響を色濃く残している。1階には食堂や大小の客間など重厚な部屋が配され、2階には寝室や書斎といった生活感ある空間が広がる。

室内の家具や装飾には、アール・ヌーヴォー風の意匠とともに、19世紀イギリスで展開された美術工芸改革運動「アーツ・アンド・クラフツ」のアメリカにおける影響も見て取れる。


寝室:「ウェディングドレス 花衣桁に掛けて」
寝室:「ウェディングドレス 花衣桁に掛けて」

横浜市は、平成9(1997)年に内田氏の孫である宮入氏から建物の部材の寄贈を受け、山手イタリア山庭園内に移築・復原を行い、一般公開を開始した。同年、国の重要文化財にも指定されている。

館内は、家具や調度品が再現されており、当時の外交官の暮らしを体感できるよう整備されている。また、各展示室には、建築の特徴やガーディナーの作品、外交官の生活についての資料も展示されている。付属棟には喫茶室も設けられており、来館者の憩いの場となっている。


サンルーム:景色いけ七景
サンルーム:景色いけ七景


ブラフ18番館 / いけばな松風

外交官の家を出て、庭園内の階段を下ると、一段下の敷地にブラフ18番館が姿を現す。


ブラフ18番館外観
ブラフ18番館外観

今回の装飾テーマは「余韻のかたち」。装飾の担当はいけばな松風家元塚越応駿氏。今回の展示テーマについて「楽器が音を奏でるように、花・器・建物が響き合い、空間に見えない音楽を生み出すことを意図している。線と余白の美を生かし、西洋館の佇まいに寄り添いながら、穏やかな時間の流れを感じさせる空間を演出する。」とコメントしている。


ダイニングルーム
ダイニングルーム

塚越応駿氏は、幼少より三世家元・塚越応鐘に師事。大学卒業後、英国にてフラワーデザインを学び、帰国後は外資系ホテルで花装飾に携わる。和洋双方の感性を活かした創作を続け、平成21(2009)年に副家元、令和6(2024)年に四世家元を継承。枯れた枝と瑞々しい花を組み合わせ、時間の流れや生命の気配を表現する独自のいけばなを展開。国内外での展示やパフォーマンスを通して、いけばなの新たな可能性を探求している。


サロン
サロン

いけばな松風は、大正10(1921)年、初代家元・塚越応により創流。日本画家としての素養に基づく絵画的機成美をに、「暮らしの花」を理念として掲げ、和洋を問わず現代の住空間に調和するいけばなを追水。国内外での展示や発行を通じ、その魅力を広く伝えている。


1階廊下
1階廊下

ブラフ18番館は、関東大震災後の復興期に山手町45番地に建てられた、オーストラリアの貿易商バウデン氏の住宅であった。戦後はカトリック横浜司教区(当時は天主公教横浜地区)の所有となり、カトリック山手教会の司祭館として使用されていた。

平成3(1991)年、横浜市が建物部材の寄贈を受け、現在の山手イタリア山庭園内へ移築・復元し、平成5(1993)年より一般公開されている。なお、解体時の調査により、震災による倒壊と火災を免れた住宅の一部が、現在の建物に部材として使用されていることが明らかになっている。


サンルーム
サンルーム

ダイニングルームでは、ピアノ鍵盤の装飾と竪琴をモチーフに取り入れた食器が配され、花と建物との調和による旋律を思わせる。各部屋ではその余韻を楽しむアフタヌーンティーの様子の再現や、建物内部を音楽の旋律やリズムが流れているかのような表情豊かないけばなが展開されており、テーマの統一性を感じながらも一部屋毎に違った印象で楽しめる。


2階寝室
2階寝室

建物は木造2階建てで、1・2階とも中廊下型の平面構成をとっている。外観は白い壁にフランス瓦の屋根をいただき、4つの暖炉を1つにまとめた合理的な煙突をもつのが特徴である。その他、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーやサンルームなど、洋風住宅らしい意匠が随所に見られる。また、外壁には関東大震災の経験を踏まえ、防災を意識したモルタル吹き付け仕上げが施されている。


2階廊下
2階廊下

館内は、震災復興期(大正末期〜昭和初期)の外国人住宅の暮らしを再現する内容となっており、当時元町で製作されていた「横浜家具」が修復・展示されている。さらに、平成27(2015)年には2階展示室の一部を寝室にリニューアルし、より生活感のある展示へと改められた。本館につながる付属棟は貸しスペースとして活用されており、ギャラリーや展示会など多目的な利用が可能である。なお、同館は横浜市の歴史的建造物に認定されている。


階段
階段

横浜山手西洋館で開催された「花と器のハーモニー2026」は、器と花の美が建築と響き合う魅力的な催しであった。各館の展示のほか、ワークショップ等やスタンプラリーな横浜山手の公開西洋館全7館を巡ることが楽しくなるイベントも盛りだくさんであった。来年は「2027国際園芸博覧会」が横浜・上瀬谷で開催される時期と重なる。来年の開催についてはまだ情報がないが、未訪の方は、ぜひ次の開催時に足を運んでいただきたい。






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