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[開港5都市]景観まちづくり会議2021長崎大会-05 分科会①【THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWA】

更新日:9月11日



令和3(2021)年11月21日(土)、「開港5都市景観まちづくり会議2021 長崎開港450周年記念大会」2日目の朝は、10の分科会に分かれるエクスカーションで始まる。

THE HERITAGE TIMES YOKOHAMA KANAGAWAは、そのうち


①営みとつながりが創る 新しい居留地物語~長崎居留地のグランドデザインをめぐる旅~

⑥港市長崎を「土木」で巡る旅

⑧「裏長崎」で「まち登山」~長崎アソビのニューノーマル~

⑨茂木地域まるごとホテルプロジェクト構想の未来を描く~アルベルゴ・ディフーゾを目指して~

の4コースに参加した。


<分科会①>

分科会1のテーマは「営みとつながりが創る 新しい居留地物語~長崎居留地のグランドデザインをめぐる旅~」。

長崎居留地は長崎市歴史的風致維持向上計画の中で「重点区域」に設定され、令和2年度から長崎市と協働で未来の長崎居留地のグランドデザインを考えてきた。分科会1では、策定されたグランドデザインを元に南山手地区・東山手地区をさるく(まちを歩き)、これから変わりゆく長崎居留地の活用策を考える。

午前9時に香港上海銀行長崎支店記念館前に集合。集合場所で待っていたのはこの分科会の案内人、桐野耕一氏(長崎居留地歴史まちづくり協議会会長)と梅元建治氏(長崎居留地歴史まちづくり協議会)のお二人。

香港上海銀行長崎支店記念館の開館時間を待って入館し、1階の多目的ホールで「長崎居留地歴まちグランドデザイン最初の解説を受ける。



長崎市歴史的風致維持向上計画を上位計画として、11回の協議会、関係者のヒアリング等のプロセスを経て、先日策定されたことなどの基本的な話から、資料編が厚すぎて分冊したこと、歴史的風致維持向上計画は50年続いている営みが条件であり、原爆で歴史が途絶えた長崎にはなかなか条件が難しかったことなど、策定に関わったメンバーだからこそのエピソードも聞くことができた。

策定の中心となった「長崎居留地歴史まちづくり協議会」は、令和2(2020)年8月に、地域住民や民間事業者などで構成し設立。それまで市の計画づくりは自治会・町内会中心であったものを学校や事業者などのステークホルダーを加えて合意形成を進めた。

「山手まちづくり協議会があったが解散してしまっていて、それを取り戻すのが大変だった」と両氏。「活水や海星高校も昼は旧居留地の住民。」と学校関係者も協議会の会員となってもらい、「アンケートなども取りエビデンスに基づき、人の営みも加えたグランドデザインとした。」



アンケートの結果は世代によって住民の暮らしの満足度に差がある」ことなど様々なことを詳かにし、人口減少などのデータと合わせて、斜面が空き家が課題。「いくら歴史を活用しようとしても、こうした課題が解決しなければうまくいかない」と考え、「人の営みを加えてグランドデザインとした。」とのことだった。

ここでの解説は、目で見ただけではわからない計画の部分。ここからは、実際の地域を見ながらの解説ということで、香港上海銀行長崎支店記念館の玄関前に。

香港上海銀行は、開港して間もない幕末の長崎に代理店を置いて活動を始め、明治25(1892)年に長崎支店を開設した。この建物は、香港上海銀行長崎支店の新社屋として下田菊太郎(横浜山手の米国海軍病院・1908年等で知られる)の設計により建設され、明治37(1904)年に竣工した。

昭和6(1931)年、旧香港上海銀行長崎支店としての役割を終えたこの建物は、長崎県が買収し梅香崎や大浦警察庁舎として、また、その後、長崎市が土地建物を買収してからは長崎市立歴史民俗資料館として活用されてきた。そして昭和62(1987)年、長崎市政100周年を記念して建てられるという「国際交流会館」が、この建物を解体して建てられる計画が持ち上がる。そこで直ちに「旧香港上海銀行を守る会」が発足、現地保存を求めて、長崎住民10万人の署名を集め解体の危機を乗り越えた。

この保存運動の成果が、「長崎の歴史を生かしたまちづくりの潮目を変えた」と語るのは、長年長崎市のまちづくりに携わってこられた長瀬雅彦氏(長崎市東長崎土地区画整理事務所長)。



その後、約4年間の保存修復工事を経て、平成8(1996)年に「長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館」としてオープン、平成26(2014)年4月には「長崎近代交流史と孫文・梅屋庄吉ミュージアム」を併設し、リニューアルオープンした。現在では、「小規模なシンポジウムやコンサートに活用している。」

ここでは、香港上海銀行長崎支店に隣接していた長崎ホテル(現存せず)にまつわるエピソードも披露された。

長崎ホテルは、居留外国人達のホテルとして、明治31(1898)年に開業。居留外国人達には「極東一豪華なホテル」と評されていたが、10年程度で閉館し、調度品等は競売にかけられる。「The Nagasaki Hotel Limited」の略で「NHL」のロゴが入ったカトラリーは、記録によれば、長崎ホテル閉業と同年に開業した奈良ホテルに引き継がれたようだが、実物は見つかっていなかった。時が経ち平成25(2013)年に奈良ホテルから「NHL」のロゴが入ったカラトリーが発見され、平成27(2015)年には、一部が長崎市に寄贈された。長崎→奈良→長崎と数奇な運命を辿った旧長崎ホテルのカラトリーは、現在ホテル創業時の経営者であったフレデリック・リンガーの邸宅(グラバー園内)に展示されているとのことである。



次に向かったのは、大浦天主堂である。ここでは、大浦天主堂の来歴のほか、「長崎居留地まつり」で大浦天主堂に通じる坂道を走る「グラバー坂かけ上がり大会」や、天主堂前でのオペラコンサート、大浦天主堂内部でのキッズコンサートにまつわるエピソードを伺った。



次に向かったのはグラバー園である。第一ゲートを通って、動く歩道を使い旧グラバー住宅より一段高い場所にあるグラバーカフェのオープンテラスに寄った。

ここでは、グラバー邸の世界遺産登録をきっかけに結成したグラバーズネットワーク協議会が指定管理者に提案して実現した毎月第3日曜に「グラバー・ファミリーデー(長崎市民無料開放)」、一部エリアの飲食可能エリアとして開放、グラバーの出身地スコットランドにちなんだタータンチェックを身に着けている方に一部商品を半額とするサービスなどの取組について説明を受けた。これには分科会に参加していた高校生も「是非、参加したくなる。」と感想を語った。





そこからフリーメイソンロッジ門柱、旧リンガー住宅(件の長崎ホテルのカトラリーが展示されていた)、旧オルト住宅、旧スチイル記念学校前(実行委員会からの中継あり)、旧グラバー住宅と見学して行き、旧三菱第2ドックハウスの前に。グラバー園内でも一番高いこの場所は、旧三菱第2ドックハウスが移築されるまで広い空き地で近所の子供達の遊び場であったのだが、それは元々、フレデリック・リンガー氏が外国人向けに牛乳を供給するために作った牧場だったと言ったエピソードも紹介された。



旧三菱第2ドックハウス横のゲートを抜け、グラバースカイロードを通って、南山手レストハウスへ。

南山手レストハウス(南山手乙27番館)は、建設当時の旧南山手居留地乙27番に当たり、幕末の元治元(1864)年から慶応元(1865)年に建てられたとされ、石造外壁を持つ初期居留地住宅で、テラスに木柱と石柱を併用しているという独特な特徴を持っている建物である。



南山手地区の斜行エレベーター及び垂直エレベーターが供用されたことに伴い、グラバー園に近接している南山手乙27番館を市民や観光客が気軽に休憩できる施設として活用し、併せて、旧居留地に関する資料等を展示し、市民や観光客の観覧に供されている。グラバー園でも、ここでも綺麗なバラが咲いていたが、これも歴史的風致維持向上計画の重点区域における取組の一つ「花のあるまちづくり事業」の一環として植えられているものであるとの説明を受けたところで、急に雨が降り出してきた。



当初、予定していた島田フルーツ前のオープンテラスでの休憩を変更し、近くにある梅元氏の事務所に移動した。この臨機応変な対応もさるくで鍛えられている長崎ならではの対応なのかもしれないと感心した。

そこで雨宿りしながら、島田フルーツで購入したカットフルーツをいただきつつ、壁に貼られた長崎市の今後の構想図を見ながら、意見交換を行った。

構想図はイラストやアンケートを始めとした統計データが1枚にまとめられ、分かりやすい。新設されるバースとの連携、改修中の旧長崎英国領事館の保存活用、施設の管理コストの問題、戦時中に山手地区から戦艦の建造が見えないように、目隠しのために立てられた高いブロック塀の老朽化、など今後の課題についてより詳しい説明があった。



雨脚が少しだけ弱まったところで、事務所を後にし、旧長崎英国領事館の横を通過し、ホテルニュータンダに到着。

長崎には洋食の文化が少ないため、新たな洋食の名物としようと企画された「長崎居留地ハヤシライス」を昼食としていただいた。柔らかい長崎和牛とハヤシライスの具材としては珍しいタケノコが入ったソースが美味である。付け合わせとして出された柑橘「ゆうこう」のジャムと一緒に食べると爽やかな香りが口いっぱいに広がった。



ここでも休憩をとりながらの意見交換をし、マカオ発のエッグタルトとコーヒーをいただいて、当初の予定では昼食前に行く予定であった、東山手甲十三番館、東山手十二番館に向かった。

ここでもハプニングがあり東山手甲十三番館ではライブが行われており入場し解説をするのが難しい状況であった。そのライブの音楽が流れる雨の降るオランダ坂にて、桐野氏から約100年前の写真を見せられた。雨で湿った石畳の写真は、今と変わらない居留地の景観を写し出していた。100年前から受け継がれた歴史的景観の上に今の生活があり、未来に向けて継承してく意味を考える良い機会となった。




そこから東山手十二番館に向かった。東山手十二番館は、明治元(1868)年建設と推定される初期洋風建築の代表例で、東山手地区では現存最古の遺構である。直前まではプロシア領事館であったが、新築後はロシア領事館となっていたことが判明している。その後、アメリカ領事館、宣教師の住宅などとして使用され、昭和16(1941)年に学校法人活水学院に譲渡、昭和51(1876)年に建物が長崎市に寄贈された。オペラ「蝶々夫人」の原作者であるジョン・ルーサー・ロングの姉、ジェニー・コレル氏も約5年間ここに暮らし、弟に長崎の情報を伝えていたことから、「蝶々夫人」はこの東山手での暮らしにインスパイアされた作品であるとの説明があった。「人は人の話が好き。歴史的建造物には物語があり、それがまちづくりになる。」と分科会を締め括った。



分科会の予定はここまでで終了であったが、最後にサプライズがあるとのことであったので、一同で近くの長崎孔子廟に向かった。孔子廟のお参りをしてしばらく待っていると、軽快な音楽が流れ始め変面ショーが始まった。目の前で見るショーは迫力満点である。

長崎の多面的な文化にたっぷり触れながら、長崎居留地のグランドデザインを肌で感じることができた、大変意義深い分科会であった。





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